2017年05月23日

初夏の夜のジャズ

夏も近づく今日この頃、新たな日課がまた増えた。しかし日課だらけになると、自由時間が無くなってゆく気もするが、ゆるゆる、知らぬ内に古い日課は忘れられてゆく。決め事の中にも変化は生じて、リニューアルし続ける。

日課の一つの朝日の中でのラジオ体操の伴奏が、この頃そよ風に流れてくる短調ののアマリリス、そして今朝は短調の野ばら、オソレミーヨ、奥飛騨慕情・・・、これは近頃の世相を表しているのか、朝から濃厚である。

個人の課題が誰も皆多いから、人にしろ虫にしろ本当に忙しい。意識下の産物か、他人の足を引っ張るような行動をとる者も時々居る感じで、真意の追求の入り口から詰まらぬ罠にはまらぬよう、皆さまどうぞお気を付けください。流れゆく時に身を任せ、いつかは打開するでしょう。

さて、友人のライブのお知らせを。
明日5月24日水曜
吉祥寺スターパインズカフェにて、林広真バンドのJAZZライブ
6時半開場、7時半開演、前売り3000円、当日3500円
tel0422―23―2251

子供時代からクラシック界でフルーティストとして活躍してきた彼が、今というこの時代に、JAZZバンドという形で、どんな表現メッセージを投げかけて来るのか、とても楽しみ!お時間あるお方、是非聴きにお出かけください。

早々、夏服の袖を通してみたら、もうすっかり気分は夏です。梅雨前の良い気候を楽しみましょう!
posted by はるな at 10:36| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

で、今朝の日記

朝から色んなことがある。結構、静かな出来事いろいろ。・・・そもそも、今日ってのは何処から始まってるのか、朝起きてからと言っても、起きる時間は人によってまちまちだし、眠っても私みたいに幾度も目を覚ます人や、徹夜の人、夜中目覚めたときに行動を始めて朝寝直す人、ええ、そうなると時計が伝える時間で言うのか、皆それぞれ、さあね、私の場合は起き上がる前に寝転んだままストレッチする内に朝が入り込んでくるから、自分で朝を呼び込んで朝、でも上手く呼び込めなくても、何となく朝という感じ。

PC操作に手こずったり体の不都合に振り回されかけて、ちょっとイラついてきたり、上記のようにどうでもイイようなことをついあれこれ浮かべたり、自然からの声を一杯受け取って幸せな気分になったり、今日はレースの服で素敵ね♪と声掛けられたり、サンドイッチご馳走になったり、足指靴下褒められたり、アゲハチョウと一緒に居ていて写真撮ったり、昨日の鳥たちは何か調べてないと思っていると頭の中にフィンチ・・・というコトバが届いたり、素足になったり、踊るようなストレッチしてみたり、タナボタみたいな美味しいお芋やビタミンジュースありがとう、むむ、今日も昨日に負けない豪華な朝だ。

眠りの夢の中で、こちらの世界と同じぐらい濃密な体験を幾つもするから、朝とも昼夜とも着かない時の懐で皆、遥かに育つのだろう、夢はバランスを保つために必要だと、先日、友人が会話の中で放った言葉がしっくり来た。今朝は今朝の相当量の眠りの夢からの学びで、こちらの世界に意識と意識の下とで練り込まれて、知らず知らずに楽し気に役立てられる。

昨日、実家の書類整理をしていたら、懐かしい絵が出てきた。処分されたりして殆ど残っていないと思っていたが、ひょっこり出てきたのは幼稚園時代に私が描いたものと、それ以前の日付の3歳の頃の作品だが、描いた時の状況などかなり憶えているから、ああ、此処のこの部分はこういう気持ちで描いたのだっけと、遠い昔の絵という気もせず親しみが湧いた。

与えて貰ったクレヨンや特にマジックペンは滲み、太過ぎ、使える色が7色ほどに限定され、描き辛く苦手だったが、得意の鉛筆画の登場人物や動物たちは、みな楽し気に様々なデザインの洋服に身を包み、頭にリボンを付けて縄跳びなんかしていた。どれも髪形を替え、襟の花模様や袖やスカート、靴下の折り返しレースや靴のデザインまでも執拗なほどに細かく丹念に描いた。自分が素敵な長髪で、こんな服が着たいナ、との想いを描いていたっけ。

過去を手放すべきだとの説が、この世にはあって、なるほどなあ、と身をもって感じることも多かったが、近頃の私が気付いた生き方は、頭や心から思い出を努めて消すのでなく、そしてまた先人たちの知恵のごとく、やはり固執して引き摺るのでなく、記憶を解放する、ということだ。

つい、楽しかったり懐かしい人に逢えた夢など、反芻して立ち去りがたいが、夢は夢、今朝は胸を開いて待っているのだ、今朝を生きるのみ。
確かに、もう色々と面倒臭くはなっている、いろいろと、解放だ。執着していたような、自分のスタイルみたいなものを、次々と手放してゆく。

思うように体が効かず思うような絵が描けなくなって、それまでと別の絵が描けるようになった訳だが、絵を描かなくなってもいいじゃないかと先日、人に言われて、また新境地の感覚を得たが、先ほど、歩いてきた散歩の小道を何となく振り返ったら、美しい景色で、立姿勢では描けぬと諦めていた線画にトライしてみた。やはり思う様にゆかないのだが、そのままを受け入れながら描くと、それは闘いなどではないのだった。あるのは、このままの今朝である。

おやま今朝の日記の筈が、呼んだり呼ばれたり微睡んだりし乍らゆるゆるやってたら、今日のアフタぬ〜んの日記である。遅いお昼ご飯にしよっと。今朝は今朝、もうさっきのこと。昼食と午後を広げよう。

今朝の散歩で描いた絵のタイトル、仕上がったペン画の隅に‘ 振り向けば、前 ’と記した。歩いてきた過去を振り返ってみた道は、新たな景色が広がっている、眺めていればその景色の中で、次々に新たな出来事が生じるのを確認する。過去は過去のようで、自分のその後の道のりや、観ている今という時間の記憶が上乗せされ、この世に生きる以上その人の記憶も生きて変容し育つのだ。

・・・解放、解放・・・
posted by はるな at 13:38| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

少しだけ、今日の日記

トレフィーナ、だっけ、一緒にやらない?って誘われた。素敵な響きの、それ、何ですか、やり方教えて貰おうとしたら、教えるんじゃなくて、好きにストレッチすることなのだと。で、森林の中で、昨日少し話したダンサーの方と、今朝は特別な場所で私もクネクネやってみた。( セレナータ?いや、トレフィーナでもないな、なんだっけ )

身体動かした後でお喋り。こんなことしてると必ず、今みたいに鳥がやって来るから嬉しいの、と。私のところにも、何かと鳥がやって来ると告げると、そうでしょう!と笑顔で。カラスや、虫たちの話にもなって、アリンコがね、とかハエちゃんが、とか私の話、感心して聴いて下さって、私も嬉しくなっちゃった。
帰りに気になってる木の下に行けば満開に近くて、香りを吸い込んでいると、花愛でる仲間と思ったか1メートルほど眼前の枝に、シジュウカラが花の蜜食べてた。さっきの鳥の話、聴いていたのかな。

初めて少しゆっくり立ち話した方は、向こうに行って美味しいお茶持ってきてくださった。絵はがきと海のお土産、差し上げた。
とても嬉しかったことは、言葉にならないから、私の心に広げて、そして、いつも何もかもの感動を覚えて置ききれず、記憶はイメージとして刷り込む、私の心の血肉になあれ。
思い切って、病院にいるときに仲良しになった人に、どうしておられるか電話して、元気そうな声が聴けた、来月、街で再開の約束、楽しみだな。
etc、etc。

そういえば、3歳の頃に初めて日記を書き始めた頃もそうだった、楽しかったことばかりを書いておきたくなるのだ。心楽しくないことも山の様にもあったけれど、現実逃避というよりも、楽しいことへの想いが強い、楽しいことの感動に感謝する気持ちから、絵や文にして残しておきたいと。
今もそんな想いが沸き起こり、とても眠くても、下手な文になろうと、心が憶えている今日の内に書いておきたくなる。
満足、おやすみなさい。今日一日に、ありがとう。
posted by はるな at 22:42| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする