2019年08月19日

夜風が気持ちいい!

わあい、短い夏もそろそろ秋寄りに傾いてきたかな、涼しい風の中に、秋の虫の音が混じってる。夏の甲子園高校野球もいよいよ終盤、これが過ぎれば毎年秋のムードなのよね、子供の頃から、だから懐かしくてちょっと感傷的、この秋という季節がまた特別にか。

なかなか、時間の使い方がきわどくて、ああ、少しは自分の仕事などに専念したいなぁ、と焦りを浮かべつつも、なんとか作り出した自分時間の中で、大丈夫大丈夫とうまい具合に絵が仕上がって行けば、気分はかなり整うものだ。そもそも、自分事に没頭できる時間って、人間の一生の中で、どの位あるものなのかしら。

何時の時代も、その折々の闘いの中で、挑戦の中で、奇跡的にも乗り越えて、この図々しさをもって、何とか幾荒波を掻い潜り、ああ、自分の表現を黙々と続ける人を見ると、羨ましく思いながらも、折り合いを付けた賢明さや謙虚さも想い、私も何とかしたいと切に願う。文化に向かうことは、自分事ながらにしてそれのみではない、それを受け取る者への責任共々なのだ。誰かが待っている、それを浮かべながら、紡ぐのだ。

ああ、でも、もうすぐ観たい映画が終わっちゃう、時間作ってゆきたいナ。それに、晩夏のイベント目白押し、友人が企画する展や、あっちこっちで。しかしこれも自分事なのか、言ってみれば何事も自分事かもね、しかし、人が発信するもの愛でにゆくのと、自分で発信するのとは少し違うかな。

夏は賑やかなのがまた良い、そしてどこか静かな秋の漂う夜を過ごす。一夏ごとにやや変わって行く景色に、寂しさを毎年感じながら、人の心は深まってゆくみたい。

今年も大分無理を言って、母に、手縫いのツーピースを作って貰いました。私も大分付き添って、型紙は私が拵えて。先日、揃いのシュシュまで出来上がりまして。男の人たちに観て貰ったけれど、反応は、へえよかったね、ぐらい。それを女の子らに伝えたら、しょうがないよと。そして、はるなちゃんのお母さんの作った服のお披露目会がてらの食事会を開こうとなり、何だか得意げに楽しみです。♪

絵の方は順調。何もかも、いっぺんに考えると、あまりに大きな団子で大変ですが、一つずつ、少しずつ、水分多くとりながら、色んなものたちに、あまりできずにゴメンねと、許しを請うて謝りながら、気付けば幾つものことがクリア出来ているような気がしています。

今年は蝉や、虫たちに、あまり会えなかったように思い、大分その辺り寂しかったです、皆さまは如何でしょう。
みなみなさま、どうぞ佳い夏終盤をお過ごしくださいませ。
posted by はるな at 20:38| 東京 🌁| 日記 | 更新情報をチェックする

2019年08月15日

大事な祈念日に

8月6日に黙とうすることは多かったけれど、9日の黙とうにも今年は初めて参加した。そして、15日、本日のお昼に深い気持ちで手を合わせた。一体、二ホンのこの日に、合掌する人が幾人いるのだろう、とポツリと思った。

日に日に、反戦の想いが強くなるのは、私が歳を取って来たからなのか、世の中が怪しくなるからなのか。私の場合、幼い頃から、父に浅草の大空襲の恐ろしい体験を聴かされて、脳裏にずっとあることは大きい。そして、父の親親戚などが幾人も亡くなっている。そんなことから、自分なりに生々しく何百回も想像したのだ。子供の時分は、それは只々恐ろしい辛い悪夢だが、大人になれば、この積み上げた戦争イメージが、尊いものであると気付く。

昨日、8月15日に因んで、映画『 ゆきゆきて神軍 』( 87年度製作 )を観た。友人に誘われて初めて観たのだが、今も妙な感触で頭や心やらにザラザラと濃厚に残っている。
タンタタタンタンタンタンタン、鮮烈な、あまりにもドキュメント。一人の大真面目な人間の、愛に満ちたブレぬ生き様に、カメラが捉えるところどころのシーンで、ふと滑稽に感じてしまう瞬間に、悲痛の波が押し寄せる、笑えるわけはなく、ギュッと口を結んでこの事実を受け取る。
人はみな弱く儚く優しく、戦争は一度起きたら簡単に終わらない、一人ひとりの闘いは一生続くのだと、深い祈りに包まれた。深い反省・・・、この言葉は、戦争を知らない者ひとりひとりの胸にも、抱かれるべきと感じる。

80年代の好景気に、30年前の戦争をすっかり忘れたように、脳天気に遊んで暮らした人々、何も知らない、知ろうとしない若者だった人たちが、いま、大人になって、やはりその頃と同じような心持ちで過ごしているのでは、文化さえも薄っぺらな様ではないか。
時代の変化に背を向けて、一人拘りをもって奔走し続けた奥崎さんは、かなり壊れているが、大切なハートだけは壊れない。壊れてしまうのは、誰もみんなみんなだ。

私の世代に反戦の話をするのは、大分難しい。親さえも関心がなかったという人も沢山いる。親の影響云々てのは、確かに少なからずあるものだが、家族単位に分断されて、それに便乗している場合ではない。きっかけを作る社会が用意されていれば、地球という大きな家の中で、おのおの自由に必要な情報や知識その他と出逢い、自己を育んでゆくのだ。

小さな偏りある社会より、自分で出てゆこうとしないなら、家族が尻を叩くのもいい。けれど、うちの子だけは家に居てわがまま放題甘えて続けていい、なんてのも多いらしいが、本当の愛情なんて、互いにどうでもいいのか。好ましく思えないのは、私ばかりなのか。危機を感じはしないのか。

映画館は昨日も今日も満席、封切87年当時大ヒット。今は今、観たいという人が多いのは、時代の象徴ということが云えるかもしれない。反戦の思いを強く抱き、今の社会に危機を感じる人は、私が思うよりもっともっと存在する気もして、少し心強い。
そして大切なのは、子供たちに伝えることだと、以前より深く感じるようになった。知らずに繰り返すことを恐れるなら、伝えないことの罪を思う。

思いを強く抱きつつ、引き続き、私は私なりの平和を形作りみなに伝えよう。
posted by はるな at 20:35| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2019年08月11日

残暑お見舞い申し上げます!

おや、もう残暑ざんしょ。ああ、短かった夏。気が早いかな。
日に日に、絵本の絵が仕上がってゆく。夏の宿題は持ち歩く、何処にあっても着手する。
まだまだ体が効かなくて、一生懸命やって、やっとやっと。
身体的理由で、笑おうとしても私が上手く笑えずにいた間に、世の中は笑えない色が濃厚になって、けれど、もう少しリハビリして、自然に笑えるようになるからさ、みんなももっと笑顔になってほしい。言葉も、ほんと下手になった、けれど、心が少しは残っている、ここの所を育てよう。
虫さん、鳥さん、お花さん、よろしく、人々を、私を、笑わせてください。
私の知っている夏は、私的なほんの限られた記憶としても、素敵な夏。みんなに伝えたい、みんなと楽しみたい、楽しめることは一杯ある。
小さな夏の絵日記だけど、作品にして、祈りを込めて、それがこの夏の課題。
結構、人には会ってる、賑やかな毎日の中で。
残暑を乗り越えましょう。ああ、大急ぎの今日の日記。
posted by はるな at 16:16| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする