2017年11月21日

ウマオイと遊ぶ

ウマオイという名を知ったのは、ペン画の挿絵が素敵な北杜夫氏の初期作品の中で。バッタみたいなものかしら?よく判らなかったけれど、これがきっとウマオイなのかな、と現実に本物と出会い、虫に詳しい人から、多分そうだね、なんてお墨付き頂くと、そうだったのかと親しみが落ち着く。

バッタ目、キリギリス科、鳴き声はス〜イッチョ!そっか、バッタと言っても色んなバッタが居るわけで、キリギリスの仲間のウマオイで、ええと、たまたま先日、スーイッチョって鳴く虫の名前知ってる?と人から尋ねられた時、スーイッチョはスーイッチョって名の虫でしょう、と堂々と、適当に返事してしまったけれど、わわわ、ウマオイのことかぁ。

今朝は一匹のウマオイくんと過ごした朝でした。親しくなった桜の木に挨拶すると、昨日の朝、その苔むした木肌にしがみついていたウマオイが、今朝まだ同じ私の目線の高さ辺りで踏ん張っているのでした。30センチも移動すれば、陽の当たる側に辿り着くのに、寒くて固まっているようなので、持っていた手鏡に柔らかい光を集めて翳してやると、やっと動き出したけれど、のろのろやっているので拾った落ち葉伝いに指に乗せてやると、安心した様子。しかしなかなか日向の木に降りずに、私の指が気に入ったのか、しかもムニムニ齧ろうとしてるぅ、ちょっとキミ、やぁ〜よぉっ!

腹が減ってるのかと思い、木肌より草が好いかしらん、とシロツメクサの丸い葉に乗せようとしたけれど嫌みたい、お、ふと見るとあちらに良い具合の叢、しかも日が当たって小さな花まで咲いて、そういえば此処は夏秋には美しい虫たち、バッタやシジミチョウやハエなどが集っていたっけ。お連れするとお気に召したらしく、一枚の長い葉にスルリと降りて、葉の上で日向ぼっこをし始めました。叢の葉っぱ達とウマオイはまるでそっくりに同化して、ああ、そうだよね、これで安心だ。

私の棲み処に戻り、パソコンでウマオイについて調べてみたら、ジャジャン肉食!むむ、それで私の肉をガシガシ、うう。・・ああ!ということは、この叢で越冬のバッタやハエや蝶たちの命が・・・。

自然界の生き物たちに人が余りチョッカイ出すと、やはり良くないのかもしれません。虫とのやり取りは、いつも難しい、心をどのように使うのがよいのか、人付き合いよりも、普段ヒト仲間たちが虫たちに多大な迷惑を掛けているから、もっと敬意を払って接したいと思っているのです。が、勉強不足のガキの私はいつも失敗ばかりなのです。そしてまた、知識をどっさり集めたからと言って、何がもっともな応えかを、導き出せるものでもないかもしれません。

皆のしあわせを祈り、お日様に頼むしかありません。この不甲斐ない私が謙虚で、なるべく多くを尊ぶことができますように。一匹のウマオイのお陰で少しは頭と心を遣った朝でした。朝食の時間が遅くなり、一日のスケジュールが大忙しです。
posted by はるな at 11:32| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

ポゥのうた

ああ ポゥのしごと
プチプチ ひとの裏溜め息
眺めちゃ 噛み潰してゆくこと・・・

だから みなは ポゥのこと
変って いじわる言って
心じゃ ありがとう

そんなポゥと この世界は
やさしい雨のうた いい感じ

プチピチポポゥ・・・
ハトが カフェの軒下で毛繕い

( 半分、夢の中で、一昨日の明け方に 書いたうた )
posted by はるな at 10:43| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

ただいまぁ

何処に帰って来たって、そこはいつも仮の宿なんだけれど、一昨日、京都より暫く関東に旅の方と半日楽しく過ごしたら、なにやら自分まで旅人気分が移ってしまい、母の眼科の付き添いのため昨日今日と母と二人で懐かしい道、何時しか高層ビルだらけになった景色の麓を、昨日は母が興味を抱いたハンバーガー屋に寄ったり、今日は帰りに10年前に父や皆と行った中華レストランでランチしたりして、舞い始めた雨粒に一つ傘さしてゆるゆる歩けば、足取りはよろけても、こんな風に時代を超えて生きる私たちが結構頼もしく思えてきたりして、・・ええ、それで今は自分が住んでいる場所ではないけれど、一緒に実家に戻れば母はいちいち、ただいまなんて言わずに上がり込むもので、代わりに私が、まあ帰ってきましたよ、なんて家に小声で挨拶してみたりして、そんな実家の午後の後、母がお魚の煮物など作って持たせてくれ、ようやく今住んでいる所に戻り、また小声で、はぁくたびれた、ただいまぁ・・・なんて呟く。

どれがただいまなのか、ホント何だかわからない。今日は一日が長いし、朝からテレビなど観て、相撲界で仲間をポカってやっちゃったニュースで矢鱈と持ち切りのエネエチケイの、まぁきっとそれは裏番組なので、同じエネエチケイの教育番組という表の方では、素晴らしい作品が犇めき、おおお!こんな番組が放映されていたのかぁ!!!裏の表ではひっそりと堂々とキラキラと。あまり素晴らしくて楽しくて、感動して涙ぐんでしまいました。そう、世の中嫌になってばかり、文句たらたらの主張も時には必要だが、それよりも黙って自分の仕事をする姿勢の説得力を見せつけられたのでした。土曜の朝の7時台に、こんなイイのやっていたんだー、また観たい!そして午後に少し観た教育番組もなかなかでした。

この2,3日で、5日分ぐらい過ごした感じ、時間の進み方っていつもこんな感じね、緩急大分差があってリズムちっとも一定じゃない。、そう、それから眼科の長い待合時間に、棚に置いてあったゴッホの画集を二日掛けて、全部の半分程だがかなりじっくり楽しんだ。一枚の絵につき15分掛けて対話した。20代の頃、あまりに悲しくて観ていられなかったゴッホを、今は温和に観られるようになった我が時の変遷を感じ、まぁ、嬉しいのだった。ゴッホの絵と人生に寄り添い、画集を楽しむ、これも旅だ。

感慨、感慨、深くまで潜って、様々な世界への、人の思い出や、物語や、自然に感じ入ったり、美しい音楽や、美味しいご飯や・・・。一昨日、久々に64枚もの手作り絵はがきを選んであちこちに出すと言ってくださって、我が絵はがきの子たちの旅立ちに夢を託したり。京都から来られたその方と二人でゆっくり過ごしたのは初めてなのに、妙にのんびり普通に話をし、時間に踏ん切りをつけるのがお互い得意ではなくて、夜になってもいつまでも何処かのロビーで話し続けていました。来るはずの汽車を待っていたら、ちっとも来なくて、実は時刻表を間違えていて、とっくに今日の最終は行った後だった、みたい、いえ、駅だと思ったらただの何処かの建物のロビーだった。

あ、しまった、長い文章になった、この頃反省したんだったのに、ついニヤニヤと遊んじゃうクセ、ことばと戯れ。時間と戯れ、この世界の様々と、だって、みんなの居るこの世界はどこも、私には、ただいまぁ・・・なのだ、でも美しいものが好きだ。

♪ ♪ ♪ おやすみなさい、またあした。おお、ラジオ・クラシックの迷宮だ!私のただいまぁのひとつ・・・。
posted by はるな at 21:03| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする