2011年03月31日

追記:友人の記事、夕刊に発見!

やっと、載りました。写真が載っているものを想像していましたが、文章のみでもそこそこ長い文面で、頑張っている様子が伝わり、彼らしいな〜と、頼もしく思いました。朝日新聞、東京版です。
ああ、私も頑張ろう。
posted by はるな at 20:20| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

3月さいごの日

今年の3月は、いま日本に生きている殆どの人にとって、忘れることのない月となりました。
ベランダの赤い椿がいよいよ開いてきて、まだ眠そうなあどけない様子ですが、外の世界をゆっくりと受け取り始めているようです。目覚めた花たちにとって、この春はどんな世界でしょう。人の気配も空気も敏感に感じ取って、不安な色の空を見つめているでしょうか。自然災害のみならず、人による災害の深刻な状況と言うのは、皮肉でいまいましく、本当に厳しいことです。

人々は日々乱れがちな心のケアを求めて、模索を始めています。皆それぞれの立場はあまりに違い過ぎて、それはこんな災害の起こる以前からのことですが、いまは、個々が抱えていた問題に加えて、深刻な課題がのしかかり、悩みは、より複雑になってしまっていることでしょう。
とても多くの人がヒステリックになっているのを感じます、眼に見えて判るというのでなくとも、それは些細な行動や小さな呟きの中にも窺えること。例えば冷静そうな新聞のコラムなどを読んでも、自分が被災を受けなかったことへの自責めいた迷いなどを多く感じ取れます。ワタシは今回の救済の為にこんなことをしましたといちいち言い訳をしたり、被災地へエールを送りたいながらも大きなもどかしさや頼りなさが文面から伝わってきたり。

少し前に、ある友人が、人間本当に辛い時はなぜか笑っちゃうもんだよ、などと言っていましたが、それはまたどうか判りませんが、実際、沈んでいても混乱の渦に巻き込まれては、それこそどうにもならないので、笑って過ごす日常を私も心掛けています。お花見だって、しますよ。必要な情報は忘れずに敏感に取り入れながら、なるべく普通に過ごしたいと思います。
支援したい側の人も、さまざまな支援の形があって、それは静かに行うのもいい。
殆どの日本に居る人全員が、冷静であるように自覚しつつもどこかおかしくなっていて、だから私は誰も責める気持ちにはなれない気分だ。立場の違いを想うと自分など何も言えない。本当は言いたい想いが湧いても来るけれど、なかなか責められたものではない。

さて、昨日の日記に記したことですが、当面、個人的には問題なし、と言う事になりました。公園出店の件です。
通告によると、管理側が“ 自粛いたします ”と記してありましたので、仮に言葉が足らず、出店者が、ということを示したにしろ、つまりそれを受け、自粛しつつ出店しようという事に致しました。
問題はありません。桜色の歌声が静まる萌黄・新緑の季節、4月中旬には井の頭公園で皆さまをお待ちできると思います。・・・つまらぬことを書きお騒がせして、すみませんでした。問題はありません。

今日の東京は晴れたり曇ったり、そこそこの暖かさです。
避難した先から沢山人の集まっている避難所に出向いて、具合の悪い人達の手伝いをしているという整骨師の友人が、新聞とテレビからインタビューを受けたとメールをくれたので、毎日気にしてはいるのですが、なかなか出てきません。東京版には載らなかったのかな。彼らの頼もしさに、私は元気を貰っています。

第3地域と呼ばれる未開発の地域を支援している団体から、以前から現地報告の通信を送って頂き、‘ 与える側・与えられる側 ’と両極に分けるのでなく両者は同じ立場なのだという事を、読むたびに学び胸に刻み込んできましたが、今回のことで身を持ってそう感じています。
地域に関係なくどこにいても、少し昔の日本がそうだったように、人に対し、良くしてあげて当たり前、与え合って当たり前、という社会が戻ってくればいいと願っています。( 誰かが、シテアゲルという言葉は上から目線で嫌だと言っていたけれど、言い方などは関係ないのです )

福島の友人たちは、以前からまるでそんな人達でした。恩を着せることもなく、当たり前に人を大切にもてなす。ソントク勘定なしに人にそのように接して、そうして自分が健やかでいる。
東北の人達からは人間として大切なことを、東京など都市社会に暮らす私たちは、今多く学んでいると思います。
多くのよき心が開花する時期、恐ろしい歪んだ原発しん話から解放され、眼を覚ました日本の社会が、これから少しでも良い方向に変化を遂げて行く、そんな時期なのでしょう。

明日から4月、花の季節です。春の優しい芽吹き、花々が、乱れた私たちの息を整えてくれます。
さまざまな疲れた心に囁きかける、小さな花たちの優しさ逞しさ、苦境の中の笑顔・・・。
みんなで、そしてそれぞれに、少しずつ取り戻し、きっと良く変えて行きましょう。祈りを籠めて・・・。

ピシ〜、誕生日だね。元気でいろよー。( 中一の時の親友に )
posted by はるな at 13:32| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

どうしてますか

皆さまいかがお過ごしでしょうか。
昨日友人から、井の頭公園の桜が開いたぞ〜、とメールがあって、確かめに行ってみようかと思いましたが、なんとなく止めました。

さっき、前に隣町の喫茶店で知り合った女の子とお仕事がてらに落ち合いまして、公園脇のカフェでビールタイム。ん〜、同世代との時間は、暗黙の呼吸のリズムが自然に同化出来て、楽だなぁ。
で、帰りに公園を覗いてみようと思いましたが、一昨日やはり公園の近くの別のカフェにご一緒した方との帰りと違って、友人からの桜メールがそこら中に行き届いたのか、今日は公園になだれ込む人が多く、人疲れしそうなので寄らずに帰ってきました。
今日辺りから気温が上がっているので、朝に昼に夜にと、見る見る桜色は広がってゆくことでしょう。

ベランダの景色も少しずつ春色になりつつあります。
以前散歩の中で頂いた、大輪の赤い八重の春椿の鉢の蕾がようやく綻んで、素晴らしい花を今年も幾つか咲かせてくれそうです。隣のミニバラやシクラメンが、突然開き始めた大きな可憐な赤に、いささか驚いているような雰囲気、ええ、アナタって、そんなに豪華だったの〜!あたしも頑張らなくっちゃぁ〜、って。カランコエや雪柳も可愛く咲いて・・・、まるで春、春の装いです。

今年は、とんだことが勃発してしまったために、日本の社会全体が掻きまわされて、どこもかしこもクラクラ。しかし、個人個人、しっかりしなければと何とか立って、それぞれなりを胸の内に模索しつつひとりひとり存在する毎日。野の花のごとく人々の姿も健気に感じる今日この頃・・・。
立川の桜は随分開いてきたようです。それにしても、花見客が例年と比べると嘘のように居ないらしい。比べて井の頭の方は、夜でも人が入れる公園という事もあってか、そこそこ人が集まって来るようです。

そんな中、都から通知が届きまして・・・、花見で人がごったがえすので出店は禁止、との毎年の通告が、今年の場合は、震災のため4月一杯出店自粛、と。何だそれは!
?自粛って、なんのためよ?しおらしく、家の中に居ろって?昼間の公園の中は電気は必要ないぞ。???・・・絶句。

この日本中が困っているご時世に仕事を休みにして、何になるのだ?アーティストはアートでしっかり収入を得て、この震災のために困っている人達への義援金だって作れるわけなのに!何が自粛だ、バカではなかろうか!公園での出店者の活動が、大したものではないとの認識を、都のマーケットの管理側が抱いているのだろう。こちらがあちらを全くバカにしているのと同じように、向こうも同じなのだ。困ったものだ。毎度のことながら何かにつけて、なぜこうも下らない圧力を掛けてくるのか、全くその意図の見当がつかない。

つい昨日辺りまでなんと、“ 井の頭公園内での花見の自粛を! ”なるお触れがHPなどに出ていたそうだが、それは流石に社会からの避難を浴びたのか、即刻取り消したらしい。
公園管理側の誰が間の抜けたことを言い出して、それがうちわで勝手に可決されるのか。もう、相手にしたくもないようなツマラナイ抑圧に対して、どうしてこう時間を割かれねばならないのか。はあ、疲れる。・・・さて、どうしましょうか。・・・皆さんはどう思われますか?

沢山の人達にとって、様々な意味で厳しい春です。東京の街も、笑顔の中に悲愴あり。

公園の表現者たちをこれ以上規制して優越感に浸っているのか知りませんが、企業団体ではないのですから、自粛など個々が決めればよいこと、なんとか抗議してこの事態を回避したいと思います。やれ、この大変なご時勢に、なんともくだらない!皆さまもなにかとお忙しいことと思いますが、公園管理側に、このバカげた自粛条例を撤回するよう、どうか言ってやって下さいませぬか。このままだと、私たち公園の表現者は5月まで皆さまにお逢いません。

心身のコントロールをなさって、どうか皆さま、この歪んだ日常をしっかりとお暮らし下さいませ。
posted by はるな at 20:37| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする