2014年06月30日

クルクルtoほっと

今朝から、予期せぬ展開の繰り返し。夕べは少々無理しつつ外で遊んでしまったので、今日一日おとなしく寝てようかなと思っていたが、友人が朝早くから私の居るすぐ近所までコーヒー豆を買いに来ていると言うので、近場でモーニングを食べることになった。昨日よりもっと体調は良くて、気に入りの店の壁寄りの席で朝からお喋りに花が咲いて、食後も買い出しに寄りたいと考えていた方向がふたり一緒で、お喋りの続きの暫しお買い物タイム。女友達との空いた街の朝デートは贅沢気分でとても楽しい。

これなら夕方は、横浜の友人がこれまた私の処のすぐ近くで歌うと誘ってくれたライブのご招待に有難く応じられそうだと、同行して貰えそうな人を当たる。まず昨年末のパーティーで紹介したモーニング食べた彼女を誘うとどうやら忙しそうで、紹介して欲しがっていた別の友人に声を掛けたら即決OKで、流れが良い。・・・と思ったら、昨日の豪雨のために書類が沢山回って来て残業になりそうだと断りの電話が入った。それではと、別の友人を誘うとOKと。・・・と思ったら、いつもより配達先が遠くてライブ時間に間に合わなさそうだと連絡が入る。

そんなこんなしていたら、私の調子までが都合の悪い状態になって来て、よ〜し久しぶりに音楽聴きに行くぞ!と朝から意気込んで、さっき着替えまでしたのに結局、午後の外出は中止に。
原因は憂鬱な曇り空や、このやっぱりだめの流れについてばかりではなく様々思い当たるが、なんだか心も草臥れてしまって、夕方にはもう寝支度の寝巻姿になってしまった。ま、こんな日もある。すっかり部屋で冴えない脱力モードになって、一人ではとても出掛けられなくて断っちゃったと今朝の友人に告げると、じゃあ、急いでこれから駆け付けようか?なんて言ってる・・・!

仕事帰りの友が、なあんだ家に居るなら夕食のおかずいろいろ買ってきたのに〜、と顔をしかめる。ライブに誘ってくれた友が、どうせステージの日は来てくれてもあまり話せないし、ライブハウスの中がリハーサルの後で段々煙が立ち込めてHARUNAさんにはキツイかなって思ってたところ、ゆっくり会える時またこっちに来るよと言ってくれる。書類の山を抱えた友が、それじゃあさって一緒に夕食しようと、も一度ごめんねの電話を呉れる。夜は草臥れててきっと無理だと最初に断った友が、一人がきついならやっぱり付き合おうかと言ってくれる・・・。

結局、自分の分に買ったおかずを半分こにして用意してくれた美味しいご飯をのんびり頂いて、身体は頑張るつもりが頑張らずのんびり休めた、クルクル忙しく予定が変化した一日。フテた気分は殆ど晴れた、カーテンの向こう夜空はどんな感じかな。身体は少しきつくても、文も上手く書けないんだけど、なんだか心が温ったかくしあわせ。今夜はよく眠れるといいな。みんなみんなも、ぐっすり眠って元気でいてね。

posted by はるな at 21:49| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2014年06月27日

ゲーム

百人一首をそらで言えるようになってから、約1カ月。その後も忘れぬようにと朝食の後寝転んで唱える習慣が出来た。毎日、イメージのみならず言葉としてきちんと思い出せば、忘れっぽい我にあれど定着するだろうと。
しかし近頃、この行為がおかしな方向へ行きだしている。覚えたての頃の復唱は、百首と詠み人の他、覚えた本歌や背景なども、ぼそぼそ呟いていたのだが、どれ何分で唱えられるかな?と挑み出したら、25分内でクリアするには、どうやら素となった本歌などは省いて百に集中するべきだな、でも作者の俗称や記されている名は加えたいな、などと決め事を作り、やがては18分、・・・15分で、先日ついに14分50秒で言えたと思っていたら、今日はとうとう12分20秒で言えるようになった。

この冬に競技かるたのマンガを動画で観たのを切っ掛けに、昔、中学生位の頃に、こんな古典の世界を楽しめたら素敵だなと憧れたのを思い出し、遅まきながら味わい始めた。百人一首というと、どうやらかるたゲームを思い浮かべる人が多いようだが、私は人と競い合って多く札を取って楽しむということには興味がなく、いにしえの歌人たちの歌の世界にひとりで遊びたいという楽しみ方だったのだ。それが気が付けば近頃は、よし!明日は12分を切るぞ・・・!など独り言に抱負を意気込んでいる。・・・一体、なにをやっているのだろう。

人間の偏った狭い世界で生きてゆくことは、皆それぞれに苦労の絶えない日々にあるが、私の子供の頃の日常も四苦八苦の連続だった。例えば正月は、3賀日の内の1日か2日、家族で母の美味しい正月用の手料理の遅い朝ごはんの後、恒例の家族ゲームの時間が2時間程あった。7,8歳の子供だから、この時ばかりは親と遊んで貰えることが嬉しいのだが、同時に緊張感に満ちた恐怖のひと時でもあった。それは、私がゲームに二度続けて勝つと酷い目に遭わされるという恒例の体罰と血と涙と溜息の幕切れ。つまりそこそこ平和のような家族の団欒時間を長続きさせるためには、私はなんとか敗者にならねばならないという身体を張った冷や汗もののゲームなのだ。何につけても私より常に勝利者に君臨していなければならないのは3歳上の姉なのである。

私の実家での子供時代の毎日は、多分伸び伸び育った人々には想像を絶するような地獄絵図、貧弱なる知恵と想像力と気分転換を交えつつ耐えなば耐えね存えたが、お陰で生き延びる力がふてぶてしく強くなったと思えるのだが、後遺症ということでもなかろうが、競い合うことが私はどうも好きではない。
幼稚園の頃にイジメから庇ってくれたのを切っ掛けに仲良しになれた人気者の女の子と、幼稚園主催の小物運動会で糸巻き競争のクラスの勝ち抜きで私たち二人が残り競い合う羽目になり、普段は大概彼女の方が私よりいつも優勢であったが接戦になり、いつも優しげな彼女の負けん気な横顔が悲しくてわざと負けたことを記憶する。私が勝ったら誰も喜ばないし、彼女が勝てばやっぱりねと皆納得する、事は荒立てぬのが良い・・。

そんな具合に競い合いを常時放棄してばかりいたわけではなかったが、幾度となく負けん気の長女として育った人にうっかり勝ってしまった時などの、あの特有の自尊心の為に場を繕うのに苦労したり、親しき仲間同士の遊びでも、どちらが優勢でどちらが劣勢と言った勝ち負けのゲームは、人の奥に潜む嫌な部分を見せ付けられる事が多く、好きになれないまま現在に至っている。ちなみに楽なのは異性との競技で、大概こちらがイイ気になって勝っても、多めに見て大げさに褒めたり悲しんだりしてくれて楽しく遊べるので助かるのだ。やはり遊びを本気になったところで、相手との違いを思いやる心や愛情が存在していないと楽しめないよな、というものだ。そんな具合に、チビの私は近所の年上の子たちに、以前本当に庇って貰ったりして有難かったっけな。

で、いろいろ思い出すのですが、そんな訳で、私はどうも個人競技と言っても、人と競わない、自分に挑む競技が楽しめる。団体競技は責任がうっとおしいし自信も無く、またチームでなく個人としても誰かと競うの自体が楽しくない。
男子は子供の頃から競争好きが多いかもしれない。男友達の一人に何かと仲間内で競いたがるヤツがいるが、あれは本能なのかジャレるのが好きなのか、感心してしまうほど様々なことに対し周囲の人と競いたがる。まぁ、当人はやる気を得て努力し、その様は楽しそうだ。

で、ゲームについての纏めだが、皆と一緒に遊ぶのは昔から大好きだけど、私は競争の無いゲームがイイナ。
そんで、たまに競いたくなると、自己更新記録に挑んだりして、一人ゲームをこっそり楽しむ。人知れず自分で勝手に人に理解出来ぬルールを展開し、到達した山頂の最高の爽快感は、例えばいい絵が仕上がった時の達成感にこそ得られると、私は知っている。何かを創る楽しさを知る多くの人は、多分きっと知っている。

ps;しかし百人一首はこのまま行くとやばい気もするので、独唱10分を切る程にならない内に、方向転換してまた、歌を味わう世界などに入ってゆこうと思う。
posted by はるな at 15:54| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

無冠の帝王

・・・などと人知れず風に空に囁かれるような人に、多くの人は究極憧れるのではないか。きっと私もそうだ。

小中学生の頃の私は、自分の才をもって本気で挑んだ暁に世に有名な人物になりたいとの希望を抱いた。
しかし人生は人を作りゆくもので、いつしかそんな風には思わなくなった。余談だが、若い頃の付き合う異性に関しても同様で、例えば皆がどよめく様な才あるハンサムな人気者が好みで自慢だったが、いつしか変化した。紆余曲折、幾山野分け入り長い道中に価値観はすっかり自信を付けつつ変容し、現在のコタエに到達した。多くの人がその人を知ろうが知るまいが、人の価値を想う時に、以前のような子供じみた測りはやがて持たなくなっていった。
そうなると、無冠の帝王という者に憧れるなどということも、ミーハー的感覚の延長のようでもあるが、強いて言いたい思いがある。

仕事や出身地の話などと同様、先祖の話は好ましくないとされるものだが、数年前に親戚が旧い文献を見付け出し、曾祖母が幕末の時代の日本人の多くが知っている人の孫だったことが判った。歴史に疎い私が、先日、実家を訪ねた際にいろいろ聴かされ遂に興味を抱き、先程パソコンで伝えられている史述を読んで、とても大きなことをやった人だと知り、本人の心中を知ることなど出来る訳はないが、貧弱な想像ながらも痛々しさに読みながら涙が止まらなくなった。今まで知らされていた先祖の何人かの人は、文献や言い伝えによると穏やかな人生だっただろうと思い浮かべられる学者などが多いのだが、新しく知らされたこの先人は、命掛けで大きな怪物に立ち向かった凄まじい人生のようで、私にはショックだった。

辛いような気分でそんな話を親友に打ち明けると、いつも優しい彼女は、‘ きっとHARUNAさんも、その人ほど世に名前が出ることはしないとしても、きっと多くの人に何か大事なことを与えたり伝えたりする役目を持っている人だって気がするわ。’と、励ますように応えてくれた。
私が出来るようなことは小さな事かも知れないが、先祖文献を痛々しげに顔をしかめつつ読みながら思ったことは、この先祖に嫌われるような生き方はしたくない、困っている人を無視して自分ばかり笑っているような人にはなるまい、と。でも、恐らく、私なりのささやかな方法と選択で・・・だ。

そんな風に自分のことを浮かべながら、いろいろな人をおもう。話を聴いてくれた友の思いやり深い言葉を聞いていて感じたことは、この友は、私に出来ない沢山のことを実行に移して私をたびたび感心させるが、( 本人は自分のハードルをより高く設定しているのか、いつだって私を何かにつけて褒める癖に、自身については出来ない出来ないとばかり責めるのだが )彼女も、人にあまり知られずに静かに大いなる仕事をしている人だな、と。そして、こんな人こそ素晴らしいなと、私の心は思う。世の中の為に多くの人が喜ぶことを、そっと黙ってする、また、この世のたった一人の人の人生が救われるようなことを・・・。

世の中、事件が起きては何人だの何万人だのと数字を伝えたがる傾向があるが、毎度嫌な気分になる。人の命まで数で語りたがるが何が語れるというのだろう。多ければ、では少なければどうというのだ。千も一も命は命だ。
彼女の言うように、私にしか出来ないことをこれからももっと沢山するだろうと、そうありたいと願う。そうして人を良くばかり言う彼女も、やはり彼女にしか出来ないことを懸命にやるのだ、と思う。きっと、この世の総ての存在は、そのもののみにしか出来ない特別の仕事を成す力と使命を持っている。一人ひとりが、一つひとつが大役であり、それぞれに、大きな世の中の掛け替えなき価値多き宝なのだ。
皆すべて、価値有る花を咲かせ、愛で合おう!この世は素敵な花畑だ。♪

私の遠い先祖しかり、いやこの世の多くの人は、ものたちは、そのことをよく知っていたと思う。
無冠の帝王、それは自分の生を使命を誤魔化さずに、まっとうに生き抜いた、総てのものの称号だと・・・。
posted by はるな at 22:01| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする