2017年07月22日

休息

大丈夫?って、最近よく電話くれる友達からの、コールにこう答える。大丈夫、今何処だと思う?相模湖だよ。日没前の夏の相模湖は、平らかで素朴で寂しくて、けれど心地よかった。

旧友は良いナ、1年半ぶりの再会。電話で夕食に誘われて落ち合い、まだご飯には早いねどうしよう、適当でいいよと生返事したら、じゃあ西に行こうとドライブ、気付けば相模湖に到着。

6つ上の兄貴の様な人。思えば16の時にバイト先で知り合ってから、数年ごとに誘い合い、仕事を呉れたり、色んなシーンで関わった。彼も私も随分歳を取ったけれど、しょっちゅう会うわけでもないのに、お互いを自然と受け入れていて、気疲れしない距離感、一緒に居る心地好さ。

人里を離れて、ぐるり緑の山々、私丸ごと、とっぷりと森林浴、ざぶう〜ん・・・。いつかの日に来た、幾つかの相模湖の思い出とかよりも、相模湖は今として、ちゃんと在って、私は新しく今も居て、そして笑っていて、旧友とブラリと来られたこと、嬉しかった。

沢山の言葉など必要ないのだ、媚もいらず、殆ど自然体、そして嫉妬心も湧かないから、楽だ、楽しいな。そのままで何か噛み合う、例えば彼のCDから私の選曲、行きは懐かしのスティーリー・ダン〜トーキング・ヘッズ、〜彼が眠そうな私に選んでくれた帰りの音はキース・ジャレット。聴いていた時代のそれぞれの思い出が、会話に見え隠れしながら、多く語らぬままに。

音楽のことは、大分通ずるところもあるから、これはこうだとか、此処はどうだとか、彼らとは楽屋で会ってとか、実際会話も楽しめる。
相模湖畔の夕食時のファミレスは、老若男女、和気あいあいに賑わっていて、心和んだ。

大丈夫?うん、大分大丈夫。息抜きが助けてくれる。甘えてる、と批判めいた事言う人には耳を疑ったが、みんな気晴らししながら、みんなで楽しくなればいい。刃を向けぬ相手には距離が取り易い、刃は苦手だもの、私は誰にも向けたくない。

狭いエレベーターで乗り合わせた、赤子連れのお母さんとちょっとお喋り、そしたら乳母車のハンサム坊やまで天使の笑顔呉れた。少女みたいな愛らしいファッションのマダムに、素敵って褒めたら、こちらの良いところ一生懸命探して、首のペンダントのハート見付けて褒めてから、あたしも持ってるのヨ、ってオマケの言葉がカワイカッタ。

足元のアリを、眼の前に咲く花を、踏みそうになってる雑草と呼ばれそうな草を、見詰めよう。腕に停ってくれた蚊を、擦れ違いざまに交わした初めての人との一瞬の笑顔を、どうぞと譲ったら喜んでくれた人の心を、大切にしよう。
長い長い今日一日も、何て色んなことがあったでしょう。心一杯、ありがとう!
・・・庭の謎の白い羽根、母との会話は思わずメモしちゃった、スイカ美味しかったぁ。
posted by はるな at 21:50| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年07月21日

夏休み!

子供たちは今日から夏休みなんだってさ。学校の休みの間、いっぱい学校の他のことやって学ぶんだろな。色んな大人が頭抱えちゃうような難しい勉強もやるのかもな。
子供ってすごいなあ。心も頭も身体も柔軟だろうなあ。
夏休みの子供たちはなんだかいいなあ。憂鬱はあってもキラキラ元気もある。そんなことを思い浮かべると、大人も楽しくなる。宿題はさておいて、夏休み散歩に出かけよう。
posted by はるな at 10:37| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

海の日に

実家の朝は懐かしく、思い出されるのは要所要所の我が子供の日の情景。大蛇の様に長い長い幼少期と子供時代、まるで永遠に続く憂鬱な悪夢だと、いつも溜息をもって感じていた。今にしたら、あの息苦しく重い闇もまた遠い夢で、けれど今の私があるのは、あの日々を現実に乗り越えたからだ。子供時代の私にご苦労様とありがとう。

そして、部屋に幾枚か飾られた父の笑顔の写真に話しかければ、優しいことも立派だったことも、困った人だったことも、・・・いや、ちょっとパパ、あの時も大分酷かったじゃない、なんて想いも湧いてきて、写真にフンと遣り返すが、まぁ、いいよ、一生懸命やったよ、大丈夫だよ、と直ぐに笑顔で許してあげたりする。

母と時を過ごすと、やはり漂い始めるのは、赤ん坊時代や幼い日の記憶、そしていつも鬼の様だった姉とのバランスを振り返って、母に対する疑問や不満などが、今になって沸々と新たに生まれて来るのだ。

歳を経て、様々なことで、もうすっかり随分と適当に色々諦めちゃった私だが、子供時代に蓄積された複雑な感情は易々とはクリアにならないようだ。それで、歳を取った母に、このところ会う度、あのさ、ずっと疑問に思ってたことなんだけど、どうしてママはこうだったのかな、と、数十年前の母への疑問などを、今頃初めて問い掛けてみたりする。

直球に訪ねても、母は困った顔で何も返事をしない。口数が少ないというより、言いたくないことは言わない母、昔からそうだから、やっぱりナと半分諦めるが、どうしても腑に落ちぬことが、数え切れぬほどにも浮かんでくる。人間て、哀しいもんだ。

母の身体を想ってすることも云うことも、子供の頃から喜ばれず、要らぬと殆ど却下される。が、姉の言うことは素直に聞く。ここが問題なのだ。
独占欲が旺盛だった姉に( 複雑な心理を容易には決めつけられないが )、私が母と話すことを禁じられた小学校半ば辺りから、会話をしないことが母にも私にも、いつしか当たり前になってしまった、その辺りが原因のようにも思えてくる。

今夜の日記は赤裸々な書きっぷり、けれど、今、何となく素直に書ける気持ちなのは、例えばこの日記を読んでくれていた父のPCも眠りに就き、父に遠慮しなくてよい想いもはたらいているし、時期が来たというところだろう。読まれて困る人が居るようなことは書かない主義だが、今は困る人は居ない気がする。むしろ、こんなことを書いておきたいように思える。

封印を解く、大事な儀式、普遍的な必要をも感じられる。文章も絵も、この世のあらゆる表現は、公にしたとき、開かれて皆のものなのだ。同時に個々人は解放される、縛りが溶けて、自由な世に溶け込んで行ける。世の中という器次第なのだろうが。
家族の問題はおそらく何処にもあって、誰しもが胸の内に抱える闇の一つでもあるのだろう。

久々にテレビを観た。NHKの核廃絶を考える討論番組。自分の生きている今を見渡して、静かに内省する。整理せぬまま放置してある押し入れや、あれこれ、母の使い勝手の良さそうに、細かいところを整える。身体の調子が不具合な二人で、体を曲げて仲良く雑巾掛けをして、それでもスッキリ綺麗になって、母もそこそこ満足なようで、こちらも嬉しい。帰り際に、おやつにお中元のメロンを切ってくれ、二人で楽しんだ。

おはようもお休みも殆ど応えぬ母が、帰り際に玄関先で、私にはっきり「 ありがとう。」と言った。「 来てくれたおかげで、迎え火が出来たわ 」昨日の送り火も、気持ち良くパッと燃えて、ご先祖が機嫌よく帰った証拠だと、子供の頃に父や母に聞かされたのを思い出した。父は嬉しかったに違いないと感じられた。母のありがとうが耳に強く残って、帰り道、心が明るく照らされていった。

土曜のディナーに会った二人の男友達に、生前良くして頂いたお礼に、亡くなられたお母さんのご霊前にと、メッセージを添えた献花を差し上げた。今は生花でも色々あって、熱い部屋の中でさえも長持ちする薬もあって、なにかと人間の都合ばかりではあるが、気は心で許されることもあるといいと想う。お供えして頂けただろうか。

人の心、流れる時、尽きぬ想い、変わりゆく街の景色、変わらぬかの如き懐かしい風景、忘れねばならぬこと、忘れてはならぬこと、昔のこと、今のこと、未来のこと。この今という時のありがたさ。昨日への感謝。明日への希望。

帰りの電車で、行楽帰りらしき家族風。大人をじろじろ見るのは憚られるし、あまり興味もないが、草臥れてぐったり眠っている赤ん坊や幼児の様子が、あまりに可愛らしくて、紙とペンを取り出し、こっそり描いてみれば、楽に楽しく実行出来て嬉しかった。きっと天使たちの寝顔が、私を良い状態に誘い込んでくれたのだ。子供が苦手だった一時もあったが、今は以前の子供好きの私に戻れた幸せを、有難く思う。お盆の送り火の翌日、東京の気温35度、今年の海の日。
posted by はるな at 22:13| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする