2017年12月30日

ことしの年末

私ごとですが、何時になくのんびりの年末。カレンダー製作・発送や年賀状書きなどはもう済ませて、名残りの部屋のツリーやカードなんか眺めながら、家の中の細かいところを気が向けば磨いたり、ゆるゆる忘年会にランチやお茶に出掛けたり、公園散歩やらの年の瀬です。

昨日、クリスマスに行きたかったショーンカフェに誘われて寛いできました。うちのぬいぐるみのショーンだのも連れてゆき、カフェの羊や犬たちとジャレたり写真撮ったり、お料理も美味しくて、訪ねたのは2度目なので最初の感激より薄れるかと思ったけど、とっても楽しかったです。イイ歳してぬいぐるみと戯れていても、此処にいるお客さんたちは少しは同類なので、誰にも気兼ねせずに全開OKしあわせ。

待ち合わせまで、久しぶりにバッタリ会った林の妖精の様な人と30分ほど立ち話。向こうは座っていてゆっくりマイペースで、いつもいろんな話を振って来るから、つい興味深くこちらもあれこれ話してしまう。と、伝えたら、向こうもそうだって、なかなか話の出来る人っていないからね。それは嬉しい、確かにいろんな話の通じる人は沢山は居ない。友人知人は多いけれど、自分の本当に話したいような話題で盛り上がることなど、たまのこと。

ゆるゆるゆこう、お腹も空いてきたし、体勢が難しいから、文に集中できないのがナマっぽい。年末なので緩むの許そう自分で。
さっき冬のクチナシの花に鼻を近づけて香りをきいていたら、ブラジル人のお兄さんに声を掛けられて少し話した。メールアドレス、ラインやってないの、そっか、そういう時代だっけ、外国の人は私は昔から話しやすい、さっき目でニコッて挨拶し合ったのも中国人風の人たちだった。開放的で気さくで話しやすいニホン人も沢山いるが。

昨日の林の妖精は、自分はニホン生まれでニホンジンだが、親が日系で大陸にいたから自分もガイコクジンの感じ、と。ショーンのサンデイブランチか、いいね、僕たちで面白い人たち集めてサンデイブランチやらない?何処かいい場所ないかなあ。そうねぇ・・・、出来たらいいなあ。その辺に居る人たちに声掛けてさぁ、色んな国の人だのさ。うんうん、楽しいだろうね・・・。

そういえば、10年少し前は、街も公園も、そして海外の旅も、人の笑顔が溢れ、どんな人種の誰とだって挨拶し合ったり住所を教え合ったり、一緒に遊んで楽しくご飯を食べた。面倒があっても相手を助けようという心と行動があった。けれど私の知っているあの文化は、今は世の複雑な情勢で大分移ってしまった。ニホンジンの多くは、以前は緩み過ぎ、今は疑い過ぎ、いずれにせよ他人事的。面倒な人ごとには関わりたくないと。

許容がニホンジン一体となって貧弱になり、狭い家にこもって委縮し、よそと内をくっきりと線引きする傾向。寂しいな。いろいろ疲れていれば、仕方ないのですが、せめて人に良い笑顔で応えたい。
小さな足音に振り返ったら、さっき一緒に遊んだカラスの子で、あれえ、ついてきたのと問えば、遠慮がちに俯いて、振り返れば10羽ほどの雀の子らで、直ぐそこでこちらを面白そうに見てて、いい距離に、そっと、いつでも、誰とでも。ありがとう。

みんなで楽しく過ごせる、サンデイブランチを浮かべながら、ゆるゆることしの年末・・・。
posted by はるな at 12:26| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

金色の朝に

クリスマスの朝は、雨が上がって世界は柔らかな金色だった。何処を観てもいつもと違う不思議な色合いの空気に満ちていて、ぐるりと眺めた後でまた、さっきの雲を仰げば、別の色にもう変化しながらも、それはそれでまたフシギに美しい。カメラもケイタイ電話も置いて出たのだ。枕辺の包みをほんの少し覗いただけで後の楽しみにして、早朝散歩。

だってクリスマスだもの。早朝の仲間たちに、ご挨拶をしたかった。ベルとミニョンは直ぐに私に気付いて、両脇の電柱のてっぺんで歓迎のゲートを作ってくれた。久しぶりなのに、昨日のことはどうでもイイみたい、自然体で逞しいなぁ。

仏さまや日本の神さまにこっそり、メリークリスマスと言ったけれど、微笑んでくれた気がする。花まつりの日ですねと、マリア様の前にお花をお供えすれば、やはり天使たちは燥いで笑う気がする。信者の方々には気を遣いつつだが、神さまたちはきっとみな喜び合われる仲良しだと思えるから。自分の気持ち一つ、という事ではないが、気は心、大事な事だ。

花びらの妖精のような方を探して、あの場所に行ってみたら垣間見えたけれど、そこに辿り着くまでの眼前の景色は光のお城のように荘厳で、私は歩を遮られてすっぽりくるまれた。今朝はカメラもないが、ペンさえなくて、こういう事か、判った憶えるよ、と笑って呟く。・・・あ、口紅と街で貰ったティッシュの広告の紙があった、白い面に拙い覚描きをした。

読め冷めやらぬまま、靄の中のお城の奥に行ってみると、彼女は中庭で羽をゆっくり広げていた。私に気付いて、クリスマスの話。私って前から何にもやんないのヨ。蝶々の絵はがきがあったので、へえ、でもこれクリスマスだから上げるね、と差し上げたら喜んでくれた。別れ際の彼女の居る風景が格別に綺麗だった、胸のところで小さく両掌を振って、メリークリスマス!と言ってくれた、私も合言葉を返した。

今朝は何処も特別に素敵。あの坂道や、赤や黄の楓のしっとりとした絨毯の階段は余りにも贅沢だったし、もう少し行けば今度は金の星を箒で集めているおばさんが居て、私を怪訝な目で見るけれど、そういやさっき、後ろからの足音に振り返って急ぎ足のお兄さんを怪訝な目で見た私だったっけ。

そろそろ起きた頃、と母に電話を入れて、隠しておいたプレゼントを見付けさせる。よかった、どうやら喜んでくれたようだ。今日はまだ約束の相手やら、私はサンタクロースモードで忙しく過ごすのだ。喜んでほしいけど、いつも人さまの気持ちは期待できるものでもない、色々で当たり前。

人の心をどうのこうの言えぬし、時々虫たちにお節介が迷惑かもしれないが、星たちの楽しいさざめきが皆の心に楽しく届くといいなあ、ねえ、クリスマス!
どうぞ皆さま、楽しい一日を、めりーくりすます!
posted by はるな at 11:46| 東京 🌁| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

くりすますってなぁに?

幼児期からの習慣で、勿論これは大人たちの影響にて、クリスマスと言えば、まずクリスマスケーキ、そしてケンタッキーのチェーン店が近所に出来た2年生ぐらいの頃からは、喜んでお使いに出掛け、雪のちらつく曇天の夕暮れの道端に並んでフライドチキンを買った。子供の頃のクリスマスディナーのメインは毎年これなのだった。

幼稚園に入る前から、地域の子供を集めたクリスマス会があり、母に連れられて行ったことが幾度かあった。母親に抱かれた1歳ぐらいの赤ん坊も来るから、自分の様な大きくなった者が同じ会に居るのが気恥ずかしかったが、顔見知りの同い歳も随分見えるから、まあいいや。手製の紙細工の飾りつけで華やかな会場、配られるささやかなお菓子包みを開けてポリポリやりながら、歌やお遊戯やゲーム、子供よりも大人たちが満足げにワイワイニコニコと笑顔で盛り上げ、メインイベントの、きよしこのよるだの歌いながら回してゆくプレゼントが全員に渡され、2時間ほどでお開き。

幼稚園は地域的にたまたま、プロテスタント系キリスト教会に通ったので、クリスマスは大イベント、1カ月前から礼拝堂の燭台の火が灯り、わくわく、毎週ごとに増えていって、わあいもうすぐだ、総ての蝋燭に明かりが点けば今日がクリスマス、やったー。
おなじみの讃美歌を幾つか皆で合掌し、厳かに主の祈り、先生のお話に熱がこもる、子供らは少しずつ練習した劇を大人たちに見せる、私は頭から白いシーツを被り、観客の真ん中で目を閉じ俯いて祈り続ける・・・振りをする、その周りで博士だの天使だの忙しく登場、傍らのカイバオケに私がそっと寝かせたのはキューピー人形だったっけ。シュトーレンの様なクリスマスケーキをお土産に貰い、夜はまた出掛けてゆき白い服着てキャンドルサービス。小学生時代も日曜学校が楽しくて、ずっと通い続けたから、同じムードのクリスマスを毎年楽しんだ。

子供時代の私にとってのクリスマスは、厳粛なムードと華やかさ、そして友達や大人たちの笑顔とご馳走とプレゼント。家でもケーキを食べた後で、母がたまに、クリスマスなんだから、クリスマスの歌でも歌いましょうよ、など言い出して、照れを隠して母と歌ってみたりしたこともあった。そして、目が覚めて枕元に手を伸ばせば、ガサガサとプレゼントの包みに触れる、有難いことだと感謝した。子供時代も少し大きくなれば、今度はこちらが親の枕元を気遣うようになり、サンタクロースの喜びを知る。

そして男の子とデートするようになれば、クリスマスは何故か男の腕の見せ場、いつもの優しさが3倍5倍と、豪華イベント多かったなぁ。と共に、私もやっぱりサンタクロースだから、まあ、お互いの労い合いで、まるで日頃の勤労への感謝デイみたい、あれ?

で、このニホンの巷に蔓延るクリスマスって、なんだろね。イルミネ〜ション、チキン料理、ケーキ、プレゼント、恋人たち、まあ、世間の風潮に乗じて、大して考えたり抵抗したりせずに、クリスマスだから・・・、と、ごっこする人は多いだろうな。子供が小さいから、とか、パーティーに誘われたから、彼女とやっぱり今年も二人で過ごしたいな、うん、なかなか良いではないですか。社会の風潮はいつだって容易に、風吹けばガラリと変わってしまうのだ。誰かのしあわせを祈り、誰かと楽しく過ごし、どこぞの教えの厳かなムードを味わう。何教じゃないからどうしたとか、言わずに済むことに知らず育まれる和を、今年も楽しむことにしましょう。

仕事でてんてこ舞いの人も、野営の虫たちも、霜に凍てつく葉も、立場ゆえにクリスマスを楽しめない人たちも、押し入れに忘れられたままのクリスマスツリーも、人知れず働く一本の釘にも、元気を得られぬ一切のものにも、風にも、空にも、土にも、過去にも、今にも、未来にも、このちいさな愛を籠めて、めりいめりいくりすます。おだいもくみたいだな。
posted by はるな at 12:21| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする