2018年02月27日

丸テーブルから美術館へ

近頃の流行りは窓辺で丸テーブルでの朝食。ここ数年、立姿勢で食事をした方が都合がよくて、しかもキッチンで半ば作りながら採れば能率よく、一人の朝ごはんは冷蔵庫を壁に立ち食いを決め込んでいたが、このところ体調が整ってきて、座り姿勢でも食事をそこそこ楽しめる余裕が出て来た。頭の中のアルファー派が促進される渓流の音などをバックに、明るく温かい場所で座って食せば、食事は日々のノルマでなく楽しみの要素が広がる。

数日前に旧友から届いた、くまのプーさんのカードがとても素敵で、朝食のその丸テーブルに、花の代わりに生けられたパセリの緑と共に飾られて、今朝も元気を私に呉れる。
そして今朝の丸テーブルの上には、ある大企業の代表に向けて先日宛てた手紙の、思い掛けない返信のお手紙が乗っていて、何かと活力を呉れるテーブルだ。

ゆっくり噛んで食事も終わる頃、ピーナッツをポリポリやりながら、ふと気付いた。この一週間ほど、毎日しげしげと眺めていたカードなのに、今朝は突然、プーの線画のイラストに奇妙に赤のラインが浮いて見える。なにやら妙な感覚を得て、今日、何かが符合する気がして、色味を思えば、・・ちょいと気を付けよう・・・、そう呟いた。

友人の誘いを断って、今日は珍しく一人で竹橋の美術館まで行った。熊谷守一展、体調もまずまずだし、冬の尻尾の様な気温、平日で、風もない。今朝のテーブルが私を促した。まさに美術館日和、大して混雑もせず、割にゆったり自分のペースで楽しんだ。

初期作品の質の確かさと情熱に引き付けられたが、観進めるとコワい部分があからさまに表現されるようになり、模索しながらだんだんに、晩年の研ぎ澄まされたデフォルメへと変化してゆくのだが、二つ目の部屋の展示辺りだったか、目を覆いたくなるような凄まじき赤い即興画の後に現れた、具象一つ一つを形取る赤のライン。この表現が後々の作品まで一貫してずっと続く。・・・そうか、私が受け取った今朝のプーの赤線は、これだったのか。

熊谷守一の展覧会も、画集をじっくり鑑賞するのも初めてで、愛らしさと厳しさが、私には何やら恐ろしいのだった。昔、何かで彼の語録に触れた。その時、この人、好きだ。そう感じた。今日の展覧会でも、自覚以上の多くの何かを、深い所で受け取った気がする。

行きと帰りはセットのように、電車は楽で、我が心のトーンは似ていた。陽も高かったので、今朝誘いの電話を呉れた友人と待ち合わせたが、体力はぎりぎり、スポーツと治療院は次回にして、室内で大人しくお茶にした。美味しいお米とお水の差し入れを呉れた友達、春色のお茶と石鹸の入ったポーチを呉れた友達、ありがとう。久々に白米で握り寿司を拵えた。家のあちこちの片隅に今年も飾られた、小さな雛人形たち。

色々な事が出来る気がしても、かなり無理だったり、笑っていても相当ダメージだったり、心の中のことが自分でも判らない、許してはいけないことと許しちゃってること、休み過ぎて具合が悪くなったり、静かな夜半に人からのメッセージが突然耳にハッキリ届いたり、夢日記を分析するまでもなく、子供時代からの形状記憶のストレスや、そして父や母や友らや、多くが私を心配してくれている。そして私も、魂や心の奥では、実はとうに決着を付けていることも多々ありそうだ。

春の風は突然吹いてくるのか、誰もが重いコートを脱ぎ捨てて、無防備な薄い衣で外を駆けるのか。人知れず、この世界の様々が育ちゆく、その形、人の心、街の景色、虫や鳥の営み、一年ぶりのタンポポ、イヌノフグリ、ホトケノザ、花や緑たちの、この越冬の果て、一切のその変容は、誰も知らない。神さまたちは、そっと見守っているだろう。
posted by はるな at 21:41| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年02月26日

へんれき

この世は夢のよう 眠りから覚めても
終わっちゃ 始まって 終わっちゃ 始まって
何度も繰り返す おおなみこなみ ザブンゆらゆら
色んな人生を 何度も生きる 
同じ魂のままで 初めての自分で
・・・なんだか淋しいね ・・・だけど楽しいね
梅の花 だいぶ綻んできた 香ほり漂う 春の予感
posted by はるな at 11:58| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年02月20日

母の日

今日は母のバースデイです。毎年恒例、夜はパーティーであります。ずっと離れて暮らしているので、母は天候を気にして、お天気のいい日でいいわよ、と気遣ってくれますが、今日は晴天で、今夜もきっと誕生日パーティー日和でしょう。

毎年、母が何を喜んでくれるか、一生懸命になるのですが、何十年経ってもあまり上手には行きません。以前好きだった物が今は好まなかったり、健康より嗜好重視の当人でも、こちらはなるべく体に良いものをと考えて、結果やっぱり上手くなかったり、気は心的にと思っても、喜んでほしさの欲張りになってしまいます。

色々と喜びそうなことを企画していますが、お祝いの押し売りにならぬよう気を付け乍ら、企てのあれこれが相手の負担になぬよう、そして喜んでもらえるかなんて、65点ぐらいをこちらの喜びとして許して、パーティーに挑んできます。

実家に行くのは先日ぶり。つい3日ほど前に、旧友と母校を訪ねがてら、帰りに実家に旧友も連れてゆくと、丁度フィギュアスケート平昌、羽生選手と宇野選手の金銀決定の瞬間で、旧友と母は四半世紀ぶりというのに、3人で茶の間の炬燵でお茶をすすりながら、うっとりとVTRでクルクル回る王子たちに見惚れつつ、黙々テレビを観ている時間が和んだのでした。

どの国の選手が勝利するとか、私はあまり興味はありませんが、エレガントなフィギュアスケートやダンスは大好き。新聞記事に、藤田嗣治氏の白鳥の舞台のために描かれ紛失していたという幻の絵の写しを発見、遂に劇場公開!とあって、母が伊東の疎開先に戦後もずっと住み着いていた時に、白鳥の湖の舞台観たさに東京まで出掛けて行った話を先日聴いていたので、これはプレゼントに丁度好いかと思ったけれど、良い席見付からず、母と私の体力では無理で、結局諦めたけれど、私も20代の頃によくバレエを観たことを思い出しました。

友人が( ロックバンドのベーシストをやっていた人で、ギャップが面白い ) バレエ団の事務方に勤めていて、しょっちゅう招待して貰え、大きな劇場の素晴らしい舞台公演を幾つも鑑賞し、その流れで創作舞踏、スペイン舞踏やタンゴ、演劇などなど舞台芸術に興味を持ち、よく観に行きました。

結局、森下洋子さんは生で見てなかったっけ・・・、そう思い出して、昨日ネットで3年ほど前の 舞台のワンシーンを観て、大感動!そう言えば、あの人は、この人は、と止まらなくなってしまいました。今頃ネットでルジマートフとニーナ・アナニアシビリの薔薇の精を観て大感激、シルビー・ギエムの東京公演は、20数年前に観に行き感動したけれど、2年前の引退後の記事で、最後の公演が東京だったと知ってショックだった、その公演を観忘れたままだった、などなど、今はネットで観られちゃうからその点有難い!

先日の映画も、いい映画だったし、新しい座席もとても座り心地よく、館内はゆったりと空いてくつろげて、ぎゃるだらけのすっかり様変わりした渋谷の街を、浦島太郎の気分で一人彷徨いつつ優しいワカイコ達に道案内されながら。映画熱も復活して、渋い一本やっぱしネットで観たり、感動漬け。なんだか遊んでばかりで優雅のようでも、いろいろね、蓄えながら見出してゆきましょう。

・・・そして今日は大切な日、母の日であります。ベランダの山吹色のクロッカスが二つ、お日さまを浴びながら目一杯に開いて、今日の日を祝福しています。
posted by はるな at 12:45| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする