2018年05月26日

次なる世界へ ♪

近頃、日常に新たな息吹が幾つも吹き始めていて、眠りの中で見る夢も少し変化したかな。繰り返される夢と眼ざめ、あっちの世界とこっちとは仲良しに響き合っている感じ。夢を観ないというような人の、3倍ぐらい生きちゃってる感覚。

ところで、このところ忙しいのは現実の方。初めての試みに心遊ばせて、先日知り合った方々と、その後ランチの約束して、お仕事も頂いて、その辺りからかな、どうもアクティブに動いている。身体がチョイとキツイのは、気分でカバー。本来、散歩も人に会うのも大好きだから、そんな楽しい目的ならテンション上がる。昨日一昨日なんて即興の線画が描けちゃった、すっごく幸せな心持ちになれた。

元をたどると、元なんて果てしない、何処までも繋がっていて宇宙ぐ〜るぐるくらくらスイスイなのだけれど、それでも学生時代の友人が企画したバーのイベントが切っ掛け。井上孝之さんという方が今月の初めに亡くなられて、追悼の語らいをしようと。その元にも、感謝感謝、合掌。

友人にお土産持って西新宿に出掛ける途中、久々に行きつけだった大久保の喫茶店ツネのマスターを訪ね、懐かしさにマスターのペンで絵が描けちゃって。そしてビル街で迷い、料理屋の女の子に道を教えてくれたお礼に絵はがきを差し上げて、ようやく辿り着いた先で話しの通じそうな人たちに名刺と絵はがきでご挨拶。その後インド帰りの人に呼ばれて池袋で貴重な時間を過ごし。実家に行き暫し母とのんびり。次の日再びインドの風を纏った人に誘われて今度は上野、色〜んな人たちと初めましてで、喧騒の中はぐれて古い喫茶店でティータイム、再び戻ったらテンション上がって、また絵が描けちゃった。居合わせた皆さんに本当にありがとうで、そして大変励まして頂いて、救われたなぁ。
二夜連続、飲み屋の街の喧騒を楽しんで、20代の頃の日々が蘇った、お酒で盛り上がる人々の中で、一人お茶で一緒に上昇しながら。

って・・・、思えばパリに居た時だって、井の頭公園の絵はがき屋の日々だって、毎日知り合った人たちとすこぶる楽しくワイワイがちゃがちゃヒョイヒョイ、そして毎日何枚も絵を描き続けていたっけ。この数年、変わってしまった体調に翻弄されて相当自粛していたから。それでも十分社交的だよぉと友らは言うけど、私としちゃ閉ざされた感じだったもんね。そろそろもう少しフットワークを軽くしてみよう。
歩きやすい運動靴とか調達する人って居そうだけれど、私はスカートかなぁ、冬の終わりに買ったスカートが、私の足取りを軽くする、ぴょんぴょんぴょん、面白いなぁ。

新しい人に沢山出逢って、前から知っている人や、近頃知り合って幾度目かの人や、そして皆んなみんな、朝の散歩で出会う木々や緑や花や鳥や虫のように、総てが初めましての新鮮さに満ちていて。
投げ掛けてくれた賢治作品の課題、心配して下さる言葉、喜んでくれる笑顔、差し出してくれたオヤツ、誘ってきてくれる真摯さ、お茶とサンドイッチの休み時間、やっと仕上げた絵を、これはすごくいい、好きだ、と言ってくれた言葉、みんなを繋いでくれる、お日様みたいなその人の肖像画を描いてみたいんだと話してくれた言葉、このまま自分の才能を伸ばしてまっすぐ行ってねと言ってくれた人、一つ一つ、それはとても美しい星のように輝いて心に届いたもの。帰り道の夜風の中の歌うたいのお姉さんの声や、煌々とてっぺんで笑い掛けくるお月様や、みんなみんな。近頃電話で声を聴かせてくれた人や、実家の時間や、母との散歩中に思いがけずに呼び止めてくれたのは中学時代の仲良しで、心配事もみんな一緒に優しい想いに包まれて。忘れない、忘れずにこの胸に、ありがとう、ありがとう、ありがとう。

眠りの夢と共に、ざわざわワクワクぴょんぴよん、少しずつ、良い方向へ変わって行ける気がする。
多分勿論、みんなみんな、みんなのおかげ。
posted by はるな at 21:03| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年05月16日

蠢く ♪

母の日習慣も終えて実家から戻り、こちらの日常の中で小さな変化に気付く。咲いてくる花々の旬も、ほんの数日の間に移るから、見慣れた散歩の景色は、日々濃く茂りゆく美しい緑色の変化の他に、梅雨前の夏めいた強い日照りの光の中で目覚め始めている紫陽花たちが、バラたちに代わって初々しさをもって視界に飛び込んでくる。
街の人の流れもどこか違って観え、人一人一人も変わるわけだし、そして私自身も変化したことをそっと感じる。時は流れているから、当然すべては変わってゆくけれど、日常から数日外れると加速する面白さ、旅の醍醐味の一つだ。

以前は、気が向けば昼夜問わず、一人でも二人でも、フットワーク軽く沢山の人と何処にだって出向いたが、この数年は隠居生活のようになって、新たなことへの開拓精神も停滞していた。新しい記事や文や絵や音楽などを暫し楽しんでも、自分事としての臨場感に乏しく、また新たな暇つぶしを何となく探しては、ちょいと気分や気持ちを遊ばせる。受け取る視点を変化させたりして、新しい気分を味わったり、大して動けぬ困った自分の状況に新鮮さを感じたり、いくらでも心持ちの変化を作り出しては思索できたが。

碁も将棋も出来ないが、きっとチェスと同じように苦手で、いつかの苦手同士でやった、まるで永遠に終わらぬかのような恐ろしいトランプゲームの神経衰弱のように( あの恐怖のストレスは、不毛なことはムリせず諦めた方が身のためだと、それぞれの胸に教訓として刻まれたことと思う )、たった今しがたの事を幾つもいっぺんに記憶維持するなんてとても出来ないから、やはり自分のスタイルとしちゃ、思い立ったが吉日的な行動。思い付いたままにアクションを起こすのは楽しくて好きだから、今は身体の許す範囲が狭くはなったが楽しめることは一杯あるもんね。

目黒の大通りで見付けたカフェが気に入った、お茶を頂きながら拙いけれど以前に近い線画が少しばかり描けた、やはし気分って大きい。先日のデパート行きを機に、母を電車やバスに乗っての買い物に誘いやすくなった、先日もだったが二人で外でランチ何度目だろう。母の日のプレゼントは豪華になったと思う、あれこれ欲張ったのは私の自己満足、母は喜んでくれた気がする。母との時間、静かに幸せを感じるひと時。新しく通い始めた治療院は、ドクターが気さくで、ついお喋りが止まらなくなってしまうが、ドクターの意図であり導きなのだ、そして通うのが新しい街の風と共に楽しい。ちょいと新しい試みを企てている、自分にとってだが楽しみなのだ、人に告げず密かに緩く準備をしている。もひとつ、来年の個展を決めた、来年だから前回から4年近く間が開くことになるが、計画を立てる楽しさ、心躍る。・・・などなどなど、近頃の新しいこと。

寒い季節が終わって動きやすくなったと思っていると、もう夏日が押し寄せてくるもんね、そう、動こう、動こう、やれること、ちょっと楽しくなること、何でも!

( 頭の中で、四半世紀以上前に大好きだった、ヴァン・ダイク・パークスのSong Cycleが朝からずっと流れて止まない、好きな曲って、必要な時に耳の中で勝手に流れてくれるから、便利だね。♪)
posted by はるな at 12:07| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年05月10日

☆の呟き

塊って怖いね。集団は苦手。
でも大抵、知らぬ内に自分も何かに属してる、もともと。
くくり方は思い込みで、一つの塊のようでも、集合している一個一個あれこれかなり違うから、容易にバラバラに崩壊する。
一個体の自由は発想や意識で何処までも可能だし、またどんな風にも集結する、どちらも無限大。

大事なのはバランスで、ネットなんかで大いに盛り上がることには、要注意。
何かが切っ掛けで易々と様変わりする世の景色の危うさ、飽きてしまった時に一人一人の心に残っているものが、きっと大切なことだろう。
みんなが飛びついて騒ぎ立て、同じ感覚を享受して暫し酔いしれる、流行というやつ、乗ってみるのも楽しいが、この胸の深い所の声が、・・・なんか違うよね・・・って響いてくる。

塊になり勢いがつくと、人の社会では、小さな声たちが、より掻き消される。
カラスの事で一瞬多くの人の意識が変わったのは、一羽のカラスの功績、彼はまるでカラス達の救世主。
どうせ人らは、そんなに深い気持ちで感じてるってワケじゃない、流行りのイヌネコパンダにはニッコリ微笑み涙するくせに、昨日までカラスゴキブリなどなどには刃を向いていたもの、勝手なもんだ。

個々の付き合いは当人たちにしか判らないが、どんな世でも出来るだけ自分の深い真の心に忠実に、どんな相手にも敬いをもって接したいのが本音。
誰も見ていない処で、そんな心が響いてくる。
そしてこの世でたった一つの愛の姿が無数に生まれる・・・。

世間の多くの人たちが塊となって南へ向かう時に、北の方を向いて思い巡らす、そんなバランスを持とうとする、自然と。
私は私であろうと抵抗するのか、それは多分、自然が教えてくれることなのだろう。

誰もがみんな、自分の胸に問うて、そのただ一つが知り得、導き出した答えをいつも見失わずに、世の中にそっと在ればよいと思う。
星団の中のとても小さな星屑の輝きを、各々に誇りをもって放ちながら。
互いにその輝きを愛でながら。
posted by はるな at 13:18| 東京 🌁| 日記 | 更新情報をチェックする