2018年07月30日

やっぱり夏休み

なぜかしら、夏になると、子供時代の感覚がやって来る、思い出しては基準を子供の頃の夏と重ねる。ええと、今日は、・・・ええっ!30日?や、やばい。あ、なぁんだ、7月か、まだ、ああ、焦った。
大人になったところで、日々、コナサナケレバならない課題は、遠い日の宿題よろしく、山積みだから、30日、と見れば、ハッとする。よかった、今年はとっくに暑さが凄かったから、少しばかり和らいだ7月の尻尾が、なにやらまるで残暑、秋風と見紛う。

このところ、あちこち行ったり来たり、落ち着かず、宿題が手につかず、気もかなり参っていたが、それをいいことに、勢いづいて、2,3日、いやもっと、自堕落生活を決め込んでいた。十代とか二十歳前後だったら、飲みに行ったり、遊びに出たきり数日、ねぐらに戻らなかったかも、いえ、外出先で仕事はしっかりやってたっけな。で、昔無理ばかりしてた付けで、夜遊びは寂しいかな殆ど卒業したから、今は、お日さまの出ている時間の遊び。これがどこか、子供の頃の遊びに、景色が重なる。

そして、挙句、ぐーたらに飽きて、夏の課題に昨日今日は取り掛かった、8月30日じゃないもん、まだ7月だもん、いい調子。まずは、読みそびれていた本を読み、そしてそれをテーマに絵を描いた。あれれ、これって、読書感想文と絵日記ってやつだよね。大人になっても、私の夏の宿題は、そう変わらないみたい。先生や友達に、暑中お見舞い出したりさ。

ほんと、いつもいつも、草臥れて、バテてて、眠くて、何もかも、思うように出来ないのだ、それも同じだね、それでフテて、取り敢えず、気分盛り上げようと関係ない所から。まあ、悪いことじゃない、テンション上げるための、儀式みたいなもんだ。で、遊び過ぎると、詰まらなくなってきて、遊んでるのが苦痛になる。その後で仕事に掛かれば、新鮮な楽しさに包まれて、仕事捗るはかどる。

子供時代はそれでも、大分容量悪かった。ま、今も、仕方ない。がっこーの先生は、一生徒のふかい事情など感けておらず、まあ、社会の縮図、大人社会も似たよなもんだ。
出来ることが限られている中で、課題に取り組んでいます。この、拙き、夏の営みが、まるで子供の頃の景色と重なり、あの、限られた自由の中で、ホント、一生懸命やっていたよね、大人たちから叱られたけど、大分、素敵だったよ、私は知ってる。

夏と言ったら、それ、夏休み。よく汗かいて、いっぱい遊んで、沢山と会って、親睦深めて、課題に挑む、そして夏にとっぷり浸る。
あの頃と同じ、出来ることを、自分なりに、要領なんかどうでもいい、だれに見放されても仕方ない、自分の仕事をする、今年も夏休みの宿題、波乗り波乗りどんぶらこっこ。

皆さまの夏は、いかがお過ごしでしょうか。実りある、素敵な夏になりますように。
posted by はるな at 22:04| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年07月28日

静謐の森に

夜を越えるのは、この世にとって大事な儀式。そして明くる日が来れば、それだけで昨日と大分変っちゃう感じ。昨日の余韻を残しながらも、何があってもまた、やって来ちゃう朝の力強さ!

私は今朝は、15歳の頃によく着ていた、いえ中学時代に着ていたっけ、という大昔の出で立ちで出掛けました。淡いチェックの虹色ブラウス、あの頃は、ぶかついていたけれど、今は肩幅もピッタリなのでした。袖を通すのは、四半世紀ぶりでしょうか、久しぶりぃ〜。

で、そんな懐かしや〜の気分も手伝ってなのか、今朝は普段よりもっと、てれんと少女モード。散歩の足取りも小学1年生みたく、よたよた下手くそに傘振り回して、雨に濡れても一向に構わず、木々の緑、葉っぱの雫に、るるん。

こんな歩き方は、人の居る場所ではアンバイ悪いのでして、今朝の様な普段よりめっきり、ひと気の少ない、台風の来そうな静かな、雨の土曜日の朝なんぞ。ああ、開放感。

湿った苔を毛布みたいに纏った木が、気持ちいいよと笑っていました。冷たいウォーターベッドで休むダンゴムシに、ヤスデがサヤサヤ近付きコツン、あ失礼しましたと進路を変える。夏の前日に刈られたヒコバエが、根元にもう出てきてさ、ロゼッタロゼッタ、いい子好い子と撫でてやる、ヒコバエの枝の葉は得意げに腕伸ばし、へへぇ。

どの木々も、カタツムリも、日照りの中で困っていた、ミミズたちも、緑も、石ころも、もくもく、水を飲んで満足げでした。東京の雨は、多分数十日ぶりでしたから。
何かの裏側で何かが、ということをいつも感じながら、それでも、眼の前の宴に微笑んでしまう。

否定と肯定、移ろいのモヤモヤの中で、小さな真実に心寄せ乍ら、人社会の混沌に、ちったぁ首も足も突っ込みながら、黙っていたり、黙って動いてみたり、思考の中で、・・・木々の声、水の音、虫の吐息、鳥の歌、大気の震え、満ちて漂う気配、その教え。
posted by はるな at 10:37| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年07月27日

白昼夢みたい

わわわっ・・・、暫く逸れてた、帰ってきました、日記、お久しぶりです。
いろんなことが、ゆるゆるあって、落ち着かぬ内、時は過ぎ、思えば自分は随分変化したかな、てのがどうやら、人の生き様なのでしょう。

生まれたての頃やら、幼い頃やら、小学生時代、中学、高校、その後の様々な大人時代、もう、滅茶苦茶に入り乱れて思い出される、怒涛の如く、内省の外側に零れ出てくる、たぷたぷ、これも儀式のようなものかもしれない。
草臥れたなぁ、幼い時から、眠れなくて、いつだって、浅い夢を漂うばかり、ま、相当面白い夢の群れたちだから、贅沢なのだけど。

きっついなぁ・・・、でも、救いはいつも、大概いろいろあるから、感謝して受け取ろう。冴えないのもまた、貴重な日々。パッとしなくても、大いなる人生。どうあっても深く大きく学び、楽しみたい、大切にしたい、大切に思える。何もかもが、掛け替えのない出会い。
沈んだ心は、ちょっと吹いてくれた新たな風に、取り敢えず笑ったら、足元ばかりはケロンときれいな花が咲いた。こんな風に誤魔化しながら、人生は時を刻んでゆくのかもね。

好いことタップリ一杯あったね、好くないこともあまりにあったね、その総て、無駄にしたくないね。
何がとても大事な事で、何が信じられて、何がどうでもイイような事かって、その辺りは、大分初期から分かっていたけど、もっと確かに分かってきたけど、いいや、そう立派な答えは出せないとも、分かってきたね。

何が本当の事なんて、言えないよなあ、人の心や事情なんて、自分の事さえ見失うし、人にレッテル貼るなど出来ない、自分が、今、仕方ないだけ、だから許してね。
堂々として裁く人も、仕方ないのだな、ため息が浮かんでる、空の上には厚い雲になって、雨は涙か、そして洗い流され光の虹、心よりも先ず、自然が見せてくれるお手本。
静かになって、受け取ろう、明日は、心は晴れるかもしれない。

嵐の前の静けさ・・・? 取り敢えず、さっき、美しい西空を吸い込み、部屋に戻り、絵に描けたことの、しあわせに感謝する。
しかし、何やら、いつも、いつも眠くて、かなり白昼夢・・・。
posted by はるな at 21:38| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする