2018年07月06日

忖度

東京、じめじめ、ぬかぬか、これ梅雨の戻り。多分梅雨は明けたふりして続いていたんだ。勝手にそう思う。こんな天気だと、気分だって体調だって、大分左右される。お空の気分に、いつだって右往左往、この世界は、それは当然の事なんだな。
外で暮らす多くの命の逞しさを思うが、好ましい環境に暮らすことなんて、どれほどの存在に、どのほどの時間を許されているのか。理想は尽きぬかもしれず、謙虚になれば、ぽつぽつ有難く思えたり、ちょっとハメ外しちゃったり、生きてゆくのは課題の繰り返し。

一昨日、一緒に遊んだてんとう虫が、昨日、同じ草の上で眠りに就いていました。昨日一緒に遊んだね、と、待っていてくれた気がしたので、連れ帰り、まるで生きているかの美しい姿を、沢山撮影しました。てんとう虫は、喜んでいた気がするのですが、本当はどうか、分かりません。

良かれと思ってしたことが、相手の迷惑になるとかって、この世の日常。人に対して困ったな、と思う事はよくあることだけど、その相手の気持ちを汲むってのが、大きな解決法もしれません。自分もきっと大分いつも許して貰ってるのだし。
他を嫌ってばかりで、自分サイドを一番にして守る風潮は、時代遅れだね。仲たがいになった時、相手に謝るなと仕込まれた幼子よりも、自分も悪い所があったと思えたら謝りなさい、そう誘導された子のほうが、葛藤を与えられ、可能性を開き、人間らしく生きてゆける気がします。

自分ばかり責めるのはバランス悪いけれど、自分さえ良ければいい、という感覚は、闇をどこまでも広げてしまう。この世は共存社会、想像力と心を生かし、自分も誰もみんな折り合い付けて生かし合うのだ。大切が一杯あって、どちら優先はその時々の選択や自然で、仕方ない。べたべたしろというのじゃない、個性もそれぞれ。心の在り方が最もだと、理想ばかり言ってられない状況も多々あれど、極端に放棄する傾向にある、相手をおもんばかる気持ちを思い出す、言葉だけじゃなく、本当の意味でのそんたくが流行るといい、定番として。

てんとう虫のなきがらは、ふるさとに連れてゆこうと思っています。なんとなく、てんとう虫が、そうしてほしい気がして・・・。
posted by はるな at 11:24| 東京 ☔| 日記 | 更新情報をチェックする