2018年09月18日

音楽の日 ♪

手作業のバックに、一日、色んな音楽聴いてた。友人が聴かせてくれた一枚は、初めて聴いたかもしれないが、久々に相当気に入った。ミルト・ジャクソン&ウエス・モンゴメリー、ドラムの音がご機嫌で、全体に活気と勢いが漲って、実に楽しかった。
この友人とは、細かい価値観が合わないことが多いが、音楽の好みや意見はどうも7〜8割ほど一致している。たまに一緒に音を聴きながら、互いの感想を情報量タップリに語り、ポイントで一緒にウケて大笑いしたり唸ったりしつつ、和めるイイ時間だ。
とにかく、聴いた〜。ひどく久しぶりのや、面白いのばかり、今日はジャズ中心,]エキサイト。気付けば、仕事が何時しか捗っている。音楽は、仕事のテンションアップになるし、一石二鳥以上だ。突然の雨音も勿論好い。耳に心に頭に神経に精神に、もりもり、美味しかった。
音楽に、友人に、ありがとうの一日。・・・こんな夜の夢は、恐らくいつもに増してBGMが流れ続けているに違いない。
posted by はるな at 21:34| 東京 🌁| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年09月17日

追憶〜手を伸ばすもの

やってらんない時って、逃げた。外に、走って誤魔化そうと。一人でだって、よく飲み屋に行ったな、転がり込むみたく。カレだの、男友達、女友達も、違う。独りで、嘘無しの溜め息付きに。けっこうしょっちゅう、とても、やってらんなかったっけ。25ぐらいまでのこと?それぐらいから先は、お酒控えたから。分析すれば、怒涛に怒涛がどっさり幾重にもで、かなり。凄まじき、長々し、あの頃、いや今だってそんなかな。適当なところで、現状をはぐらかして笑えば、何とか越せる。みんな、どなたも、人生ってそんなもんかもね。笑えない時は、ひたすら潜る、溜息の闇に。するとどこかに慰めは見えて、例えば夜中の雨の滲む、繁華街の景色に。取り敢えず、今夜も何とかやり過ごせた、明日へと繋げられた。どんなに息を漏らしても、どうなることもないけど、靄を溜め込むのも、やりきれないから。カレの存在は、お日様のようで、互いに黙っていても、大きく救い上げられた。居なくなってしまえば、奈落で、けれど、それ以前にも、やはり闇は暗黒で。息をつけば、些か楽でも、吸い込むのは、暗い病んだ夜ばかりで。・・・・・・
・・・あの日々よりか少しは、マシになったかな、そんな気の休め方。お茶に付き合ってくれた、心のいい人。愚痴も少しは言えるようになった、聴いてくれる人のある、しあわせ。幾つもの、人の優しさに触れても、どうしても残ってしまう、溜息のやり場のなさ。お酒はもう、殆ど、お世話になった過去のもの、そう、コルトレーンにしろ、もう、判ったのだ。ありがとう、十分だ、ありがとう。もう、もうもう、・・・光がいいなあ・・・。そう、朝顔が、朝を待たずに起き出して、夜中の暗闇の中で、笑顔を準備して、お日様を待っている。そして私に微笑む、そんな光の世界の、眩しい顔に会いたいんだ。
posted by はるな at 21:40| 東京 🌁| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年09月11日

ティータイム

これはお茶、お茶の時間、、の流れで、一休みの中で、何か書こかな。
さっきまで作業しながら、ずっと、音楽聴いてた、、気分作りに、よい効果。久々に、イージーリスニングみたいの聴いてみた、、子供時代に、時々ラジオから聞こえてきてた懐かしい一連。ビートルズの曲やユーミンのや、ハイファイセットとか、結構好きなのはあって、東京の交通情報のバックには、お決まりのように、ウエス・モンゴメリーが、やれやれ淡々と流れてた。

音はいつも、時代の風を私に届けてくれたけど、ここ最近の処、判らない、、いや、15歳位からこっち、流行に疎くなったから、時の色はマイブーム的な感じ、、で、自分オリジナルの時代の色、うん、いいね。

さて、イージーリスニングといっても、よく知らない、、ランドセルの準備したりしながら、私の耳馴染みだったのは、ポールモーリアさんとか、なんとかルフェーブル、ニニロッソ、なんとかキャバレロ、パーシーヒース・・・グランドオーケストラ。

ネットのユーチューブで適当に流していたから、おお次は、こう来たか、、そして曲によっては、高校時代たまに聴いた、夜のラジオのジェットストリームのイメージ。とにかく音は、スイと聴いた当時を連れて来るから、え!?と驚くよ、一瞬にして、今の自分の日常がどれなのか、まるで眠りの夢のように連れてゆかれる、、、この世じんせいホント夢の様だ。

音楽流しながら、自分で勝手に、ぶつぶつ解説するのが好き、人の迷惑になるのは詰まらんから、一人で聴く時に、心行くまで、気の済むまで、なんだかんだ批評する、、時々一緒に口遊んだり、合いの手入れたりしつつ。

ああ、ここのフレーズ、このギターはまるでああだこうだ、これは彼の後期だね、しかし人は皆色んな時代があるからなぁ、仕方ないね、お、あはは、こう来たか、このドラムの音に助けられつつ、ミスマッチのようでギリギリけっこうイイ感じ、、しかしこの音とか、70年代後期特有の感覚だなぁ、何か素朴で真っ直ぐで、、いや、いまだって、今的に素朴なんだけどね、、、・・・ずっと喋りながら、作業のテンション上げている。

気が付けば、手作業は捗っている、音楽はいつも、生活の中に在った。人が作った音楽が何時も必要だったのは、私は20代ぐらいまで。それ以降は、風の音なんかが好ましかった。いえ、それは赤ん坊の頃も子供の頃も、ずっと大事な音として、私を作ってきた、、実家の耳慣れた木枠の古びた窓ガラスが鳴る音、夏や秋の庭先などで少しばかり聴こえてくる虫の音、空に響くその時々の、そして変わらぬ大気の気配や、街のスズメやカラスたち鳥の声、大通りを行く車の走行音。

ああ、、、テーマがズレそう、イージーなミュージックに話少し戻して、、ふふるるん、大人の世界の風、お裾分けって感じ、懐かしい、でも、今聴くと、あの頃聴き取れなかった音や、印象が、違って聴こえてくる、こんな音色使ってたっけ?とか、気取った女の人のハモりが、若々しい少女の声に聴こえたり、歳取ったってことなのね、、耳も肥えたさ。

なんか、どうでもいいような、内容の日記になった。お茶、あくまでお茶の気分、、あまり長くなるとお茶会も、大掛かりなお菓子が必要になるから、この辺でおいとま、仕事に戻りまぁす。・・・次はなに聴こかな。
posted by はるな at 15:31| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする