2018年07月17日

お元気ですか

みなさまお久しぶりです。この酷暑の中、いかがお過ごしでしょう。
私は実家で送り火と迎え火など、東京のお盆を済ませ、中国人の友人主催の展覧会に出品し、先ほど搬出を済ませてきました。ゆったりモードながら長い一週間でした。着替えを持ってゆかず、着の身着の儘かというと、この暑さではそうもゆかず、幾度もジャブジャブ洗濯しては、トレードマークのように同じ服を又着る毎日でした。昔のテレビ漫画の主人公みたいです。

世の中の様々の出来事と、自分の置かれている状況とを重ね合わせ、接点を見出し、距離を測りながら、自分の立ち位置を認識する、多くの人間はそんな具合に生活しているものかもしれません。ひとり一人個々の時間も、緩やかに、時に激しく流れ、そんな一つ残らず総ての個々が集まって、時代は揺らぎながら常に作られてゆきます。

実家では随分テレビを観ました。テレビのない日常を人生の長い間過ごしてきた私には、テレビは子供時代が懐かしく、そして興味深く、いつもと違う視点からの発見に満ちています。ニホンの今のテレビ番組の内容そのものが、でもありますが、幾つかをカチャカチャと覗き観て残るもの、近頃の世の中の傾向だの、時代を感じ取ることが出来て、面白いのでした。

色々、自分の心の中も変化した気もして、そして先週のような日常に戻った気がしてみても今はもう、少し前の過去とは、もはや違うのでした。悲しいことに、大事にしていた小さなちいさな可愛いサボテンは根腐れして眠ってしまっていました、馴染みの鳥たちは私の事を覚えているでしょうか、バスに乗って降りてショッピングセンターを抜けると、お湯の中の様な熱風が迎え、朦朧と泳ぐように漂い、棲みかに帰宅しました。

心の中は、何だか、出来ることをするばかりだ、とそれに尽きるなと、想いを浮かべています。他人にどう見てほしいとか、無きにしも非ずなのですが、それでも大事な事は一人ひとりの胸の内にあるのでして、誰を悪くなど、やはり思えないなと、それが、少しずつ動く時の中で今、浮かべている答えです。一人ひとりの胸に気付く、何か、この世にとっての宝が幾つもあるはずで、それをみんなですくい上げたために、これまで救われなかった者が救われる、そんなことが沢山あると思うのです。

課題は各々それぞれです。人知れず山積みの自分の宿題に、少しずつ自分のペースで取り組むのです。そんな中で、あまりのハードさに時に愚痴を言いたくなります。私の場合、男の友達が二人、女の友達がひとり、長々話を聞いてくれ、二人には初めて話す私事の昔ばなしでしたが、面倒がらずにしっかりと聞いてくれたことがとても嬉しく、大変救われました。

夜に観る夢も、現実に影響されます。なにやら恐ろしい夢も増えていながら、夢の中は楽しさも満ち、今朝は初めてインド風の、印象的な音楽が流れていました。夢の中では、大いに人とコミュニケーションを取るのです。それはかつての私の現実の日常であり、自分らしいことなのでしょう。近頃の世の中の傾向に、私は大分危機感や失望を抱いていますが、夢の中のように、いつもどこまでも、私らしくいようと思うのです。

冷ややかな態度にも親し気な微笑みを返し、色眼鏡で噂されても気にせず、罵倒されても無視し、相手が困っている時は、例え以前私をイジメてきた人であろうと、例えみんなが踏み潰そうとする嫌われ者の存在であろうと、自分の真心に問うて手を差し伸べる。そんな風でありたい。でもスマホ見ながら私の荷物にぶつかってくる人たちを、時々、知らんぷりしちゃうけど。

本当に酷暑の毎日です。熱中症が云々というの、よく放送されたりですが、そのほかあれこれ、世の中危ないことだらけ。何が怖いって、人が信頼できなかったり、大騒ぎの裏側でのあれこれだったり、自分の勘と心に問うことが出来ず、巷に渦巻く流行に捕らわれ、何でも怖がって大事な事を見失うこと。大事な情報は山とあっても、受け手の処理能力は見合っているのか。この夏、冷やし枕にスマホと頭をを休ませて、心の在り方をそれぞれの胸に問い掛けるってのはどうでしょう。

みなさまどうぞ、この世でただ一つの、あなたの心と身体をお大事に。そして様々な事情や答えを持った、心ある皆さんと私はとても会いたいです。  
・・・いつも感謝の気持ちを抱きながら・・・
posted by はるな at 19:09| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年07月09日

七夕のお土産

傍らに紙片、ハガキ大の。白い紙の上に私の描いた、まだ生々しい黒のインクのペン画。
これは、先日7月7日の夕べ、本郷で開かれた宮沢賢治の音の会の、会場の風景。あがた森魚さんがギターで語り歌い、クリスタルボウルなる筒状の楽器で牧野持侑さんが奏で、百年以上前に建てられたとても美しいお堂の中で、響き渡るその世界を楽しんできました。
新聞記事で興味を持ち出掛けてみましたが、道中に付けても何かと不思議な不思議な夕べでした。

赤色エレジーで有名な、あがた森魚さんのコラボライブということでなのか、100人ほど聴きに集まった人たちは、10代20代の若い世代ではなく、60,70年代に若者だったという私の憧れの世代が殆どのようでした。年齢は判りませんが一人二人、言葉を交わした女の人たちは凄く魅力的な雰囲気の方々で、もう少し話してお友達になりたかったナ。

奏でられる音や奏でる方のお人柄や、集う心やさしき人々、そんな皆すべてを包み込む荘厳な建物は、賢治の心の星々が広がっているかの、プラネタリウムの宇宙ボウルの懐でした。私は二階の床の桟敷席のふかふか座布団に、ゆったりと半分寝転ぶようにして、そのライブを楽しみました。幾人かの人たちは、すっかり横になって、気持ちよく眠ってしまったかもしれません。

こんな内容と知らずやって来ましたが、意外なことばかりで随分と贅沢なのでした。おまけに演奏が終わると、身体に色々良い影響がある筈、お楽しみに、とのコメント、おや、音楽に触れる前から、堂内に入った時、いえ、ここに向かう道中から、なんだか調子は良かったのです。落ち着いて線画が描けなくなって、8年近く経ちますが、演奏が始まる前の待ち時間の空気の中で、もうすっかり感動をして描いたのでした。時間の前後は、セットになっているのかもしれません。そして演奏後は本当に、美しい夜空を一杯に吸い込んだように気持ちよく、有難い想いで満たされました。

ここ東京の、少しばかり西の空の下は大雨洪水の大惨事・・・。ここから見上げる空は、東京の七夕にしては珍しくも星が見えて、青いその星に願うこと、祈ることは、私の中に鬱蒼としながらも多くのことでありつつも、それはそれでそれが一つの願いで。

夜闇に浮かぶ美しいピンクのサルスベリの花に手を振ったら、近くの交通整理のおじさんが挨拶してきて、こんばんわ。本郷のあの独特の濃厚な大気に満ちた道々、高く伸びた並木、窓から見える旧いギャラリーの壁に並べられた温かな絵、親切に道を教えてくれた沢山の人たち。

アンコールに皆んなで口遊んだのは、知らされていた星巡りの歌ではなくて、あなたに会いたいナ、という歌詞の繰り返しだったのですが、その簡単な歌詞とメロディーは、帰り道にも耳に囁いてきて、あなたはあなたで、あなたにとってのあなたで、そして未知の無限のアナタで。優しくて、哀しくて、恐くて、若いカップルが昔よりどこか寂し気で、温かくて、不安で、いつもより体が楽で、楽しくて、しんみりとして、頼りなくて、心強くて、遠い日の笑顔が懐かしくて、嬉しくて。

そしてそんな七夕の夕べの一枚の小さな絵が、☆祭りの手土産になって、傍らの棚の上で神々しく光放ち、私の道しるべのように、きらきらり。
posted by はるな at 12:12| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年07月06日

忖度

東京、じめじめ、ぬかぬか、これ梅雨の戻り。多分梅雨は明けたふりして続いていたんだ。勝手にそう思う。こんな天気だと、気分だって体調だって、大分左右される。お空の気分に、いつだって右往左往、この世界は、それは当然の事なんだな。
外で暮らす多くの命の逞しさを思うが、好ましい環境に暮らすことなんて、どれほどの存在に、どのほどの時間を許されているのか。理想は尽きぬかもしれず、謙虚になれば、ぽつぽつ有難く思えたり、ちょっとハメ外しちゃったり、生きてゆくのは課題の繰り返し。

一昨日、一緒に遊んだてんとう虫が、昨日、同じ草の上で眠りに就いていました。昨日一緒に遊んだね、と、待っていてくれた気がしたので、連れ帰り、まるで生きているかの美しい姿を、沢山撮影しました。てんとう虫は、喜んでいた気がするのですが、本当はどうか、分かりません。

良かれと思ってしたことが、相手の迷惑になるとかって、この世の日常。人に対して困ったな、と思う事はよくあることだけど、その相手の気持ちを汲むってのが、大きな解決法もしれません。自分もきっと大分いつも許して貰ってるのだし。
他を嫌ってばかりで、自分サイドを一番にして守る風潮は、時代遅れだね。仲たがいになった時、相手に謝るなと仕込まれた幼子よりも、自分も悪い所があったと思えたら謝りなさい、そう誘導された子のほうが、葛藤を与えられ、可能性を開き、人間らしく生きてゆける気がします。

自分ばかり責めるのはバランス悪いけれど、自分さえ良ければいい、という感覚は、闇をどこまでも広げてしまう。この世は共存社会、想像力と心を生かし、自分も誰もみんな折り合い付けて生かし合うのだ。大切が一杯あって、どちら優先はその時々の選択や自然で、仕方ない。べたべたしろというのじゃない、個性もそれぞれ。心の在り方が最もだと、理想ばかり言ってられない状況も多々あれど、極端に放棄する傾向にある、相手をおもんばかる気持ちを思い出す、言葉だけじゃなく、本当の意味でのそんたくが流行るといい、定番として。

てんとう虫のなきがらは、ふるさとに連れてゆこうと思っています。なんとなく、てんとう虫が、そうしてほしい気がして・・・。
posted by はるな at 11:24| 東京 ☔| 日記 | 更新情報をチェックする