2018年06月09日

なぁ〜んか、ちょっとイイ時間

を、過ごしている近頃。こまごまと、アレが佳かったしコレも良かったし・・・、と数えると、なんだ、このべらぼうな多さは。人間やってるのだから、わ〜い♪ラッキィ〜、と喜んで過ごすことも選べるというそれもラッキィー。脳天気を演出して、自分をさえ騙してたら、すっかり本気ということもある。しかし、実際、感謝出来る心持ちに感謝、てのはある。

私、こんなに幸せな人なんです〜、と他人に呼び掛けるとかも、必要がありゃイイだろが、自身のためにと密かに心の内に行うのが先ず大事なところ、十分だ。
嬉しいこと、幸せを、沢山見付けて感謝の気持ちが犇めく毎日だと、やはり基本、いいもんだ。謙虚になると、めきめきハッピーは増殖してゆく。当然、やなこともあるんだ、結構日々むかむかと、でも、好かったこと見付けたら、ちゃらになるかもね。

近頃、割と眠るんだよね、ここ2,3日続けて、5,6時間ほども眠っちゃった、ちゃんと暗い時間帯に。もうもう、そんなことも、大分心明るい。お茶が飲みたいナと言ったら、魔法みたいに、どーぞと前に美味しいお番茶出てきたり。わーい素敵なペンダント貰った。誘いに応じて呉れる友。ハナの調子が楽。母と又電車乗って散歩出来た。テレビが数十年ぶりに面白かったり。懐かしい人に夢で逢えた。風呂掃除が楽に出来た。野の花々の愛らしさに幾度となく今日も出会えた。悲しい事を皆浮かべながらに、眼の前の小さな幼子たちの愛らしさに、そっと慈愛の想いを抱く、愛らしい者の存在への有難さ。医院の、お世話になる先生たちのステキさ。街行く女の子たちの可愛らしさ。自分の料理を美味しいと言って食べて貰える、そして私も美味しく頂けることへの感謝!

ま、いくらでも。
さて、畳の上などで必死にカチャカチャPCのネズミを操作しつつ、思い浮かんだ。上手く操作できないんだけど、この画面上のカーソルのオカシナ動きは、なんかに似てる気がする、それはいつか昔テレビなどで観た、OVNY、未確認飛行物体の夜空を無軌道に動く様子だ。無軌道なのがゾクッとしたものだが、ひょっとすると、向こうはあれが精一杯の操縦だったのかも、わざとでなくて、真っ直ぐ飛びたいのに、ただ下手だったのかも。

皆、それぞれに事情があれど、相手は誤解したりの世の中だものなぁ、地球人以外の宇宙人同士も、そんなんかしら。
何もかもが、未知、無知、に満ちている。可能性はいつも無限大、受け手の許容次第。ありがとう。ボンソワレ。
なんかイイ、素敵な時を、広げよう・・・。・・・心地よいほどに眠い、日記の文も乱れる自然、なにもかもイイ感じ・・・。
posted by はるな at 20:49| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年06月07日

朝んぽ日記

昨日6月6日雨ザーザーの中、新しいスカートと5年使用の傘、友達と昔お揃いで買った赤い長靴履いて、ぴちぴちちゃぷちゃぷルルンと行けば、出会う人たちに幾度もスカートや傘や長靴褒められちゃった。お菓子屋さんの店先の女の子、その傘可愛いですね、アタシも欲しい!とまでおっしゃるので、広げて500円なのよって、見せてあげた。

足湯とマッサージ、知人に丹念にやっていただいて、その後一緒にティータイム、開け放った窓から雨の音、漂う土の匂い、湿気・・・、初めてこの人と二人でゆっくり話して、優しい時間だった。

今朝もまだ、足の裏に昨日の記憶がぎゅぎゅっと残っている、足に感謝との言葉と共に。その脚で、朝の散歩に出た。一杯いっぱいに出会うものだから、もうもうもう。久しぶりに二人でやって来てくれたベルとミニョンは、ちょっと向こうも嬉しかったのか、30センチも二人して私に寄ってきた。カラスの円らな瞳はとても可愛い。
佳い、一日の始まり、ありがとう。
posted by はるな at 09:53| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年06月05日

きっと梅雨の入り口日記

***初夏と梅雨は、入り乱れながら一緒になってやって来る。ムシムシむんむんシヤシヤしとしと。

宮沢賢治の大ファンの人と先日出逢い、それを機に久々にページを捲ったら、深い深い宇宙に脚を取られそうになった。そうそう、以前もそうだった、卒論のテーマに選んだくせに、溺れることが予測されたから、さも知った顔して岸辺でちゃぷちゃぷやって済ましたのだった。今ならそこそこの船を拵えて、賢治の天の川銀河を渡れそうで、少しずつ読み返しているが、ひとつひとつの言葉に櫂を止めて、見えてくる水の中や風や空に遊ばせる、すると何処までも底は無いようで、やはり船は一つ限りなく漂うのだ。ずっと味わっていたら、時の宇宙に彷徨うばかりで埒が明かないから、ある程度のリズムを作って漕ぎ出すのだ、そうして大事な沢山の可能性を見失わないように、短編の大いなる宇宙を渡り切るのだ。暫く楽しめそうである。やまなしの課題を頂いているが、少し時間が要りそうだ。

四半世紀ぶりに実家の押し入れから出てきた、母が昔拵えてくれたスカートやワンピースを、夏日の早い今年はもう、久しぶりに楽しんでいる。以前は、ちょっと大人っぽいデザインで抵抗があったが、今は気分にピッタリ、しっくりくる。誰かとお出掛けする度、ステキでしょ、と自慢している。
それで、この夏、もう1,2枚スカートが欲しいと思っていたが、一着は母にお願いすることにした。今年の流行りは手作りで十分な雰囲気と見た。
もう一つは、さっき仕事仲間と紙屋に行った帰りに、半額セールを見付け、2分待って、と相手を待たせ、本当に2分で気に入ったのを選んだ、なんと2千円!買い物上手な自分を自慢したい。♪

指標を勘で定め、幾つか種まきをする、と、良い応えが後から付いてくる、自分の理に適った状況が生まれる。無理過ぎることは、最初から赤いライトがペコペコ点滅するから分かり易い、なんか出来そうだと思ったら迷わず種を蒔く。
吉祥寺の美術館に、気になっていた作品群を観に寄った、悪くない、素晴らしいのが幾つかあった、もうちょっとだな・・、て作品も沢山あった、私と、私の絵と、どこか似ていた、私の絵の方が面白いな、と思えるものも多かった。
ふむ、私は私がプロデュースするもんね、上等だ!

カラス達が30羽も近づいて、歓迎してくれて、ややビビったが、嬉しかった、可愛くて可愛くて可愛くて、そう声を掛けると、もっと可愛らしくなって、やはり、これがこの世の法則かしらと思う、カワイカワイとカラスは啼くなら、可愛可愛いと褒めて愛でよう、すると声掛けられた何もかもは光輝くのだろう。世界が多く美しくなれば、心はしあわせに満ちて、そして何処までも広がるのだ、その光は皆で分かち合う事が出来る、時空を超えて、そんなことを多々感じる日々、賢治との再会にしろ、何か機が熟してきた。

今年の春にタンポポを観そびれたままだ、という人と知り合った、私の散歩の中で、いまだに黄色くて小さなお日さまみたいなタンポポに出会うから、彼女に今度会う時にお土産を持ってゆこうと思う、人のために撮る写真は絵と似て、テーマが釈然と入り込む、作品はまるで手紙のように親し気に呼び掛ける、声高らかに歌えば、相手に寄り添うように囁く、私の想いや相手との距離なんか微妙に加わって、そして大概、暖かな光に包まれている。虫の絵、鳥の絵、花の絵、図鑑とは違う、眼の前に対峙する、私の眼と心で出会った、ただ一つの、一期一会の存在を、今、心を籠めて描かせていただく。

・・・あ、さっきの展覧会の絵と絵の余白に、展示されていた作者の呟きのパネル、描いて描いてと、向こうから言っているのが聴こえてくる・・・、と、これは私の言葉と同じで、この方、ご存命だったらなぁ、同んなじですねって、会ってみたかった。

手塚治虫賞というのか、なんか売れている漫画、気になって読んでみた、悪くないな、けれど、こんな小さなhotなやり取りが、貴重がられる世の中になっちゃったんだね、おおい、思い出せよぉ、なんてことない日常のやり取りだったのじゃないの、少しの昔の世の中では、そんなことはきっと、現代、今だって、その辺に広がっている世間の風景だと、私は思っているよ、きっとだよ。

小さな坊やを乳母車に乗せた愛らしいお母さんと、初めましての立ち話をした、なんかニコニコわりと沢山話してくれて、私も多めに喋ったかな、嬉しかったな、坊やもお母さんもホント可愛らしかった。時々会う小さな犬の顔を肩に乗せて散歩するおじさん、時々、満開の花畑から少し拝借してカバンにゆらゆら持って帰る、その後ろ姿、絵になってるね、おはようございます、おはよう、ね、なんか楽しいのです。

自分に、そして誰しもに、エールを贈りたい。そして、大切なことは、とっぷり思い切り自分流であること、それだけは忘れちゃいけない。その人流の、その人を見たい、多分誰しもが。

明日は6.6いとこの誕生日、雨ザーザーの絵かき歌の日、知人の処に足湯に浸かりに行く、開かれる未来をイメージする。***
posted by はるな at 21:45| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする