2018年03月08日

心の友

昔過ごした学生時代の友人たちと、夢の中で集った。いつの時代の友人かは、そこは夢だもので構いなしにぞくぞく登場する。セーラー服に似たデザインの黒いワンピース姿が幾人か居て、何も当時に似た出で立ちで同窓会に来なくてもと呆れたが、広々とした飲み屋の陣取ったオープンカウンターのあちこちで、まばらに集まってくる旧友との再会を喜び合う歓声が上がった。嬉しいな、30年ぶりだ、みんな楽しそう、ああ、企画を立ててよかった。主催はどうも私なのだった。

そんな夢など( 何本か観た内の一コマ )観たもので、先日訪ねた母校中学がまた気になり出して、ネットで情報を開いてみると、閉校式や卒業式の案内記事が出てきた。この3月で母校は70年の歴史を閉じる。4月からは隣の中学と合併して名称が変わり、数年後には思い出深い学び舎も校庭も取り壊しの予定。自分の通った学校が廃校になることは、母校愛の乏しい人さえも、小さな寂しさを覚えることだろう。私などは何やら過去の時を懐かしんで、ついつい感じ入る傾向にある。

家事をやりながら、閉校式に参加することなどあれこれと想像してみる内、思い出してしまった。そうだった、私って人は幼少期から、集団において目立たぬだろう存在で、日向育ちの威勢のいい華やかな人たちから少し離れた、忘れられた裏庭の日蔭育ちの隅っこの人だった、ということ。人気者の子たちとも仲良くずいぶん遊んだから、孤立していた時期よりも楽しく賑やかだったことの方が多いが、自分が中心だったことはまずなくて、かつて自分と仲良くしてくれた人々が脚光を浴びることを自慢に思う、内向的な子供だった。

中学時代の私もそんな感じで、勉強もあまり出来る方ではなかったし、活発な性格でもムードメーカーでもなかったから、先生などはまず一部の方々を除いて、私のことなど憶えていない筈なのである。18、9歳頃からは皆の中心になって動いたりもしたけれど、子供時代はいつも大勢のことは元気な子たちに任せていた。それを思ったら、私などと再会しても、大して喜ぶ人は居ないかもしれないな・・・、という気がしてきた。往々にして人気者ほど居所不明になっていたりするもので、静かで目立たぬ者の方が実は想いばかりは強かったりするのかしら、なんか哀しいね。

あーあ、横恋慕じゃ仕方ないな、身体は閉校式に厳かに参加できるほど元気じゃないし・・・、そんなことも浮かべたら、大きな社会から掃き捨てられたような気がして、ポツンと寂しくなった。いじける程に自意識が強いのだなと苦笑しつつ、それも根深い原因がある故と自分を許しながら、ふん、でもこんな私でも少しは好いてくれる人だっているもん、と自分に声を掛けてやった。そうそう、もう会えないけど、おばちゃん、私のこと大好きって言ってくれた。おばあちゃんだって、いろいろ喜んでくれた、ありがとねって、言ってくれたもん。それに、もっともっと遠い人たちや、もっともっともっと、それに神さまや仏さまや。

そう呟いて、突然ふ・・・と、体の中に、そうだよ、というコトバが広がった。あれ!と我に返った、体中にその感じが大きく響いた。そんな気がしたのでなく確かな返答だった。萎れた霧に包まれた私の視界を、クリアに明るくしてしまった。誰だったんだろう・・・、いや、一人ではない、沢山の思いが大きな一つになったような声だった。言語が耳に届いたのでなく、身体全体に想いのエネルギーがポンと弾けた感じ。この世界は色んな世界と繋がっているんだなぁ。

一気にこんな自分でも好い気がしてきた。自分は自分以外のことは出来なくても、この自分にしか出来ないことは一杯あるもんね。目立たなくても、華やかでなくとも、人に馬鹿にされようと。私を好いてくれるエネルギーよ、ありがとう、ありがとう、応援してくれて。どなたかハッキリとは判らないけど、しっかり受け取りました。私もあなたをあなたがたを、きっときっと応援しているよ。空よ花よ歌よ、心の通う道はとてもきれい素敵だね、スキップだ、踊っちゃうね、歌っちゃうよ。決して人を陥れたりせぬ闇を払う強い光。大丈夫だよ。心で、いつも会えるね。
posted by はるな at 16:40| 東京 ☔| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

お雛さまに乾杯!

今年は雛祭りパーテイ−づいています。昨日は実家で、今日は戻って棲み処で。人を招いたりしてなにかと賑やかで、連日ちらし寿司など頂いて、私もお出掛け着のまま、ずっとオシャレして、お雛様たちと過ごす甘い時間。お酒は飲まないけれど、お茶で乾杯し、桜餅や雛あられなど、雛祭りに因んだおやつを、みんなと楽しみました。
お雛様を眺める私の気持ちは子供の頃のままで、お雛さまも私を相変らずね、と、変わらぬ可愛らしい瞳で優しく見守ってくれている気がします。何十年も見詰め合ってきた、お人形たちと私の眼と眼。お互い一年ぶりの再会に親し気な笑顔で。
夕方には戻らねばならず、実家のお雛さまは、母と一緒に夕方前に押し入れに大事に片づけました。年に一度会えるお人形とのパーティーは、なんだか七夕祭りの織姫と彦星のようです。
雛祭りは、女の子やぬいぐるみや、総てのお人形たちのお祭り。年齢を問わず総ての女の子と、可愛い総てのお人形さんたちに乾杯!!
posted by はるな at 21:18| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年02月27日

丸テーブルから美術館へ

近頃の流行りは窓辺で丸テーブルでの朝食。ここ数年、立姿勢で食事をした方が都合がよくて、しかもキッチンで半ば作りながら採れば能率よく、一人の朝ごはんは冷蔵庫を壁に立ち食いを決め込んでいたが、このところ体調が整ってきて、座り姿勢でも食事をそこそこ楽しめる余裕が出て来た。頭の中のアルファー派が促進される渓流の音などをバックに、明るく温かい場所で座って食せば、食事は日々のノルマでなく楽しみの要素が広がる。

数日前に旧友から届いた、くまのプーさんのカードがとても素敵で、朝食のその丸テーブルに、花の代わりに生けられたパセリの緑と共に飾られて、今朝も元気を私に呉れる。
そして今朝の丸テーブルの上には、ある大企業の代表に向けて先日宛てた手紙の、思い掛けない返信のお手紙が乗っていて、何かと活力を呉れるテーブルだ。

ゆっくり噛んで食事も終わる頃、ピーナッツをポリポリやりながら、ふと気付いた。この一週間ほど、毎日しげしげと眺めていたカードなのに、今朝は突然、プーの線画のイラストに奇妙に赤のラインが浮いて見える。なにやら妙な感覚を得て、今日、何かが符合する気がして、色味を思えば、・・ちょいと気を付けよう・・・、そう呟いた。

友人の誘いを断って、今日は珍しく一人で竹橋の美術館まで行った。熊谷守一展、体調もまずまずだし、冬の尻尾の様な気温、平日で、風もない。今朝のテーブルが私を促した。まさに美術館日和、大して混雑もせず、割にゆったり自分のペースで楽しんだ。

初期作品の質の確かさと情熱に引き付けられたが、観進めるとコワい部分があからさまに表現されるようになり、模索しながらだんだんに、晩年の研ぎ澄まされたデフォルメへと変化してゆくのだが、二つ目の部屋の展示辺りだったか、目を覆いたくなるような凄まじき赤い即興画の後に現れた、具象一つ一つを形取る赤のライン。この表現が後々の作品まで一貫してずっと続く。・・・そうか、私が受け取った今朝のプーの赤線は、これだったのか。

熊谷守一の展覧会も、画集をじっくり鑑賞するのも初めてで、愛らしさと厳しさが、私には何やら恐ろしいのだった。昔、何かで彼の語録に触れた。その時、この人、好きだ。そう感じた。今日の展覧会でも、自覚以上の多くの何かを、深い所で受け取った気がする。

行きと帰りはセットのように、電車は楽で、我が心のトーンは似ていた。陽も高かったので、今朝誘いの電話を呉れた友人と待ち合わせたが、体力はぎりぎり、スポーツと治療院は次回にして、室内で大人しくお茶にした。美味しいお米とお水の差し入れを呉れた友達、春色のお茶と石鹸の入ったポーチを呉れた友達、ありがとう。久々に白米で握り寿司を拵えた。家のあちこちの片隅に今年も飾られた、小さな雛人形たち。

色々な事が出来る気がしても、かなり無理だったり、笑っていても相当ダメージだったり、心の中のことが自分でも判らない、許してはいけないことと許しちゃってること、休み過ぎて具合が悪くなったり、静かな夜半に人からのメッセージが突然耳にハッキリ届いたり、夢日記を分析するまでもなく、子供時代からの形状記憶のストレスや、そして父や母や友らや、多くが私を心配してくれている。そして私も、魂や心の奥では、実はとうに決着を付けていることも多々ありそうだ。

春の風は突然吹いてくるのか、誰もが重いコートを脱ぎ捨てて、無防備な薄い衣で外を駆けるのか。人知れず、この世界の様々が育ちゆく、その形、人の心、街の景色、虫や鳥の営み、一年ぶりのタンポポ、イヌノフグリ、ホトケノザ、花や緑たちの、この越冬の果て、一切のその変容は、誰も知らない。神さまたちは、そっと見守っているだろう。
posted by はるな at 21:41| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする