2017年08月03日

おひさしぶりです

暑中見舞いがポストに舞い込む時期ですが、梅雨か秋雨か、避暑地の東京です。しばらく日記を書かずに時が経ちました。お出掛け前に少し記します。

さて何を書こう。と、こんな時に、いたずら書き気分でツラツラとペンの赴くままに、というのが、絵にしろ文にしろ、また歌や踊りや散歩も、幼児の頃から気儘な表現が好ましかった。
近頃、何か頭や心など自分の中に湧いてきて、こんなことを書いてみようか、など幾度も幾度も思いながら、吹いてくる風に忽ちコタエは移ろい、ちっとも定まらない、おかげでペンを取る気になれず、想いは雲のごとく生まれては見る見る散りゆくのでした。

昨日、宗教の勉強をよくしている友人が遊びに来て、そんな話をすると、それはまさに真理に近づいている、この世の総ては不確かで移ろいゆくもの、ゆえに悟りを開いた聖職者は本を書いたりしないよ、と返ってきました。テーマを人にどう伝えるかが目的だから、文章を作ることは幾らも出来るけれど、内なる模索に素直に向き合う場合、語らぬことが語ることとなりそうだ。しかし、夢で観た繊細で優美でノスタルジックで感動的な、壮大なアドベンチャーを人に伝えられないように、なにやら勿体ない。

涼しさの中で蝉はしきりに鳴いている。昨日、暇を持て余しつつ、蝉の鳴き真似を暫しやってみた。早口に声よりも息に近く、シャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリ・・・・・・・・・息継ぎすると真似にならないから、吐く息が続かなくなったら、今度は速やかに吸いながらの音出しに切り替える、そして繰り返し・・・、飽きたら最後にはスロウになってオルゴールが鳴りやむように、切れ味今一つのフェイドアウト・・。寝転がってそんなことを試みると、自然と腕や足が蝉の擬態らしくフルフル小刻みに踊るから面白いな。

蝉時雨とは言ったものだが、子供の頃に大人が、ヒグラシ以外の声は聴くと余計に暑くなると言ったけれど、それを思えば確かに、これまでの暑い夏の様々なシーンが蘇るが、何も思わずただ耳にすると、私はどちらかと言えば蝉の音は総じて涼し気に感じる。蝉の音色は、ただ一面の、銀世界・・・・・・・・・。
posted by はるな at 10:25| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年07月26日

小さな想い

これまでに自分に課した事が幾つかあるが、どの程度果たされたろうか。
時は流れ時代は移り、皆も自分も変容する、そして自然と課題も新たになる。
そんな世の中で、ひたすらに変わらぬこともあって、ホッとしたりする。
私の生活は、幾度も景色を替えて、幾人もの人生を生きている気がする。
人の居ない処で、小さな虫や物や場所と語らう時、私は無防備に素直になる。
彼らとの約束のために、人に対してと同じほどに、懸命に心をもって走る。
上手くゆかずに自己満足でも、ある程度の礼儀を尽くせたら気が済む。
神さまとの約束のような、まるで絵を仕上げる時の、神聖な宇宙との語り合い。
色んなことを手放してゆく、今はもう無理だと観念したり、遠く離れて許したり。
出来ることは少しずつ限られてくるが、小さな者との約束は、特に大事にしたいと思う。
posted by はるな at 22:10| 東京 ☁| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年07月22日

休息

大丈夫?って、最近よく電話くれる友達からの、コールにこう答える。大丈夫、今何処だと思う?相模湖だよ。日没前の夏の相模湖は、平らかで素朴で寂しくて、けれど心地よかった。

旧友は良いナ、1年半ぶりの再会。電話で夕食に誘われて落ち合い、まだご飯には早いねどうしよう、適当でいいよと生返事したら、じゃあ西に行こうとドライブ、気付けば相模湖に到着。

6つ上の兄貴の様な人。思えば16の時にバイト先で知り合ってから、数年ごとに誘い合い、仕事を呉れたり、色んなシーンで関わった。彼も私も随分歳を取ったけれど、しょっちゅう会うわけでもないのに、お互いを自然と受け入れていて、気疲れしない距離感、一緒に居る心地好さ。

人里を離れて、ぐるり緑の山々、私丸ごと、とっぷりと森林浴、ざぶう〜ん・・・。いつかの日に来た、幾つかの相模湖の思い出とかよりも、相模湖は今として、ちゃんと在って、私は新しく今も居て、そして笑っていて、旧友とブラリと来られたこと、嬉しかった。

沢山の言葉など必要ないのだ、媚もいらず、殆ど自然体、そして嫉妬心も湧かないから、楽だ、楽しいな。そのままで何か噛み合う、例えば彼のCDから私の選曲、行きは懐かしのスティーリー・ダン〜トーキング・ヘッズ、〜彼が眠そうな私に選んでくれた帰りの音はキース・ジャレット。聴いていた時代のそれぞれの思い出が、会話に見え隠れしながら、多く語らぬままに。

音楽のことは、大分通ずるところもあるから、これはこうだとか、此処はどうだとか、彼らとは楽屋で会ってとか、実際会話も楽しめる。
相模湖畔の夕食時のファミレスは、老若男女、和気あいあいに賑わっていて、心和んだ。

大丈夫?うん、大分大丈夫。息抜きが助けてくれる。甘えてる、と批判めいた事言う人には耳を疑ったが、みんな気晴らししながら、みんなで楽しくなればいい。刃を向けぬ相手には距離が取り易い、刃は苦手だもの、私は誰にも向けたくない。

狭いエレベーターで乗り合わせた、赤子連れのお母さんとちょっとお喋り、そしたら乳母車のハンサム坊やまで天使の笑顔呉れた。少女みたいな愛らしいファッションのマダムに、素敵って褒めたら、こちらの良いところ一生懸命探して、首のペンダントのハート見付けて褒めてから、あたしも持ってるのヨ、ってオマケの言葉がカワイカッタ。

足元のアリを、眼の前に咲く花を、踏みそうになってる雑草と呼ばれそうな草を、見詰めよう。腕に停ってくれた蚊を、擦れ違いざまに交わした初めての人との一瞬の笑顔を、どうぞと譲ったら喜んでくれた人の心を、大切にしよう。
長い長い今日一日も、何て色んなことがあったでしょう。心一杯、ありがとう!
・・・庭の謎の白い羽根、母との会話は思わずメモしちゃった、スイカ美味しかったぁ。
posted by はるな at 21:50| 東京 ☀| 日記 | 更新情報をチェックする